ほどほど "農民" 絵日記

なんかいつの間に農民になっている人

わからないゆえの楽しみ

だいぶ冷え込んできましたね。明け方と、日が陰りはじめる16時以降は手袋をしてお仕事をしておるのですが、おててと足先が冷たくなってしまってどうしようもないです。ここしばらくは、葡萄ばたけに堆肥をまくやら、雨よけのビニールの取り外しに勤しんでおります。

 

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秋の色はだんだんと朽ち色に

 

 

おうちでは扇風機さんさようなら。ストーブさんいらっしゃい。お湯を沸かすにも、お鍋をあつあつのままに楽しめるのもストーブさまさま。今年はたくさん根菜類を育てているので。ことこと、じっくり。ほろほろ、あつあつな感じで・・・って。想像しただけで舌べらを火傷しそうです。もちろん美味しいのだろうけれど。

 

 

そうそう。農閑期に入ってきたこともあり、春から受講している講習会の数も増えてきています。これがまた農務事務所、農学校、農業センターで受けるのですが。なんとも面白いのですよね。わたしの生い立ちには、農業と関わる機会はなかなかないので。土地もないし、土を触る機会が全然なくって。きっと農家さんや、兼業農家さんの生まれや、近くにそういった環境で育った方なら当たり前のことでもわたしにはとっても新鮮に見えるんですよね。

 

葡萄やら野菜の栽培に関わっているわけだけれども。葉っぱをたくさん虫に食われたり、獣に踏まれて若葉が折れてしまったりしてちょっと悲しい気持ちになったり。時々葉っぱが黄色くなったり、赤くなったり。斑点がでたり。なんでこうなるのかがわからないんです。農家さんに尋ねてみたり、同じ作物を栽培されている人に聞いてみたりして相談したりする。それでもなんかイマイチピンと来ない。

 

そんなところに、前述の研修で、土作りの話があって。作物が育つために必要な栄養素の話ですごく納得したりする。

 

窒素

リン

カリウム

カルシウム

マグネシウム

 

これらは作物のカラダを作るための多少要素であり。特に重要なもののようです。これらの成分は特に欠乏(足りなくなる)と成長に支障が出やすいようです。良くわからないながらも。わたしの周囲の人たちは。「鶏ふんと苦土石灰をまけばいいよ」って教えてもらっていたのだけれど。

 

鶏糞は「窒素」「リン」カリウム

苦土石灰「カルシウム」「マグネシウム

 

これらを補給するための肥料だったりしたんですね。

 

ほかに作物によっては、鉄、ホウ素、ケイ素。その他の微量要素が不足しやすいなど。その土地どちの地質によって変わってくるとか。

 

そうして今度は、病気になりやすい環境を知ったりする。なるほどそうなのねって思って。必須成分が欠乏したときにでる症状は、作物のカラダの中を移動しやすい栄養素は下の葉に。移動しにくい栄養素は新芽に影響がでやすいと。とっても分かりやすかった。その後に元素記号やらを示しながら、化学式を出してきっと分かりやすく説明をしてくれているのだけれど。全くもってわからなくてこんがらがってしまう。ここでなんだから化学をまなべる「普通高校」に進学していたら、勉強していたのかもって思ったりする(工業高校なんですわたし。電気やら機械やら)

 

あの時学べていたら・・・そんなことを思いながら。わかった、わからないを繰り返している。

 

だからと言って、後悔があったとか。なかったとかそういう話ではなくて。自分に今必要だから学ぶ機会を与えてもらっているんだと思うんですよね。きっと今のわからないというのと、学生のときのわからないということとはあきらかに違うことがあって。きっと学生の頃に化学を学んでいても「将来何の役に立つのだろう」って。おもっていたかもしれません。だから今なんですよね。

 

 

唯一ありがたいなぁと思うのは。学生の時つらかった勉強というのは。今のわたしにとって苦痛でなくったということです(特に英語)わからなくても苦しくないし、辛くない。わからないことってありがたいことなのかなって思うのです。

 

「ああ、またわからないや」

「これはどういうことなのかな」

 

新しい課題を与えてくれているんです。どうにもならないことも。どうにもならないことを経験させてくれている。うまくいかないのはもうちょっと試行錯誤して見なさいって。そう思えるとわからないことに直面したときに素直に「わからないです」「おしえていただけませんか」って。そのように言えなくなると、その時点で成長が止まってしまうっていう意味もなんとなく。きっとわたしの得意に「知ったかぶり」はここからきているよなぁと。

 

生き方―人間として一番大切なこと

生き方―人間として一番大切なこと

 

 

稲盛和夫さんの著書にもこのようなことが書いてあります。

 

もうダメだと思ったときが実は始まりで、そういうときはいったん冷静な気持ちに戻って、もう一度今いる場所から周囲を観察し直してみることです。

 

できないことがあったとしても、それは今の自分にできないだけであって将来の自分になら可能であると未来進行形で考えることが大切です。まだ発揮されていない力が眠っていると信じるべきなのです。

 

わたしの場合は。もうダメだと思ったときの逃げ腰から解消していければ。

 

土の話って。果てしない。自然のサイクルを学べているからなのでしょうか。とっても学んだことが「自然」に染み込むようです。なんだか不自然な言い回しだけれど。