ささブロ

鍬を置いて、山を降りた人

繋がっている「幸福感」

土曜日。すもも「貴陽」の受粉作業がありました。品種のよって、もしくは土地、気候によって、生育の具合が違うので当然開花のタイミングが違います。同じ山梨県内でも標高が高い地域では1〜2週間ほどのずれは普通にあって、私が関わっているすももの畑では中間の位置付けの畑でして。受粉の作業も折り返し地点。明日は一番標高の高い畑の受粉作業を終えれば、ひと段落と相なりそうです。

 

 

さて、仕事の後にはお楽しみのイベントが甲府であったので行ってきましたよ。

 

萩ナイト in 甲府

 

実はですね。今回のゲストの塩満さん。実は昨年の元旦にお会いしているのです。ある方の旅に同行させていただいた、中国・近畿への遠征の時に。しかし農作業のゆえの読めない休みとかを言い訳にして再訪することができず。それからぶりなのでイベントを知った時にはとても嬉しい気持ちでした。そしてあれから一年半近く経っていると思うと時の流れの速さを感じざるを得ませんでした。

 

sasariki.hatenablog.com

 

guesthouse-ruco.com

 

塩満さんが代表を務められてる萩ゲストハウスruco

 

絶対一度訪れてみてほしい。

行ってしまったら最後。一度ではすまなくなるような素敵な場所。

 

 

人柄もいいし、笑顔も素敵だし。嫌いになる人とかいるんだろうか?ってほど、人気な塩満さんだったので、なかなかゆっくりとはお話しすることができなかったのですが、それでも直接説明いただいて山口県の日本酒をいただいたり。当日参加されていた知人を紹介していただいたりと、ますます面白い人とつながることができました。ああ、これってなんだか初めてrucoにお邪魔したときと同じような・・・そんな既視感が。

 

 

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前述の通り。面白かった。楽しかった。

 

 

で治めたくなりそうですが。帰りの電車の中で回送して頭の中で回想していてふと思ったことがあったので。少しだけ。

 

 

 

目的のない「一緒に行こうよ」のつまらなさ

 

一人で行動することに慣れていない人にはちょっと大変な部分かもしれないこの項目。気の知れた友人、知人と出かけるのは気持ちもリラックスできるし、何よりも安心感があるのでちょっとばかり新しい場所、知らない人の集まりにも参加しやすかったりします。いつもの集まりで皆でゆっくり・・・なんてときには充実した時間を過ごせるのでいいと思います。しかし目的によっては良くない方に働くこともありそうです。面白い人たち、新しい人に出会いたい、人脈をたくさん作るんだ〜(20代前半の自分を思い出しました)気心が知れている仲で毎回のように出かけてしまうとマイナスに働くこともありそうです。意識していてもやっぱり内輪で話す時間が相対的に多くなってしまいますから。

 

 

私も初めて行く場所はいまでもドキドキします。どんな場所なのだろう。どんな人の集まりなのだろう?って。いまよりも少し若くて、もっとチキンだった頃はドキドキがとまらなくて、イベントの会場の入り口で躊躇してうろうろしていて、誰から入るタイミングを見計らって会場入りしたりと。いま考えれば何をやっているんですかってことをしているいるような時期もありましたが(むむ・・・いまも時々あるかも)

 

 

弱い絆の強さ

 

そのドキドキの先を越えると。みんなで行くと出会えない出来事に遭遇します。これを実感してからは、何かのイベントで出会った時に興味をひかれる部分「この人なんか不思議だなぁ」「こんな考え方を持っている人がいるんだ」があると、確かめずにはいられなくなって、その人に直接会いに行ってしまいます(全て会いに行けるわけではないけれども)

 

そうして、また魅力的な人を見つけては「今度またお話ししてください」「次はワインを飲みましょう」と言って、次のきっかけをつくると。しかしなかなか機会を作れずどんどん約束が積まれていってしまって、万年「行く行く詐欺」の案件が積まれていっていよいよ捕まりそうになってます。本当にごめんなさい。

 

 

過去にも書いたことがありますが。20代半ばにある友人に誘われて外でお酒を飲む楽しみを教えてもらって覚えて。そこから一人飲みをするようになって。一人飲みするようになったら自然とカウンターの隣の人と話すことが自然にできるようになって・・・あのときの不健康な遊びがこんなところで生きているんです。あのときのよくわからないお金の使い方と、毎日街に繰り出しては終電までお酒を飲んで、しまいには乗り遅れてタクシーばかり使っていたは経験はこんなにも役にたっているんです・・・・

 

 

 

きっと。

 

 

 

私の話ではあまり影響力がないので。好きな本から。

  

友人はあなたが属している世界と同じ世界に属しているのである。友人は職場をともにしていたり、近くに住んでいたり、同じ教会や学校に通ったり、同じ団体に所属しているだろう。彼らはあなたの知らないことをどれだけ知っているだろうか?

 

ところがたんなる知り合いの場合には、あなたと違う世界に属していることが多い。あなたの知らないことを知っている可能性はずっと多いはずだ。このような矛盾をクラノヴェターは弱い絆の強さというすばらしい言葉で呼んだ。 

 

急に売れ始めるにはワケがある より

 

急に売れ始めるにはワケがある ネットワーク理論が明らかにする口コミの法則 (SB文庫)

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知り合いの知り合い。意識してみると新たな世界が開かれるかも?

 

 

人が会する場で出会うべき人はコネクタ

 

時々言われることがあります。

 

「人見知りとか全然しないでしょ〜」

「すぐにいろいろな人と仲良くなれていいですね」

 

全然そんなことはないんですが。もしそう見えるとしたら。実はこれって、他力本願な部分かもしれません。少なくとも私の持っている能力ではないんです。じゃあなんだよってことなんですが。人を紹介してくれる人、繋げてくれる人にまず出会うことなんです。

 

飲み会でも勉強会でも、イベントでもなんでもどうしても実績のある人すごい人といいますか、話のうまい人、面白い人に人が集まります。あの人と仲良くなりたい!しかしはじめに出会うべき人はその人ではないんです。もう、だから誰だよって(しつこいですね)

 

あなたをその人に紹介してくれる人

 

なんかそんな気がしています。

 

前提条件として、ある程度の力や、魅力を持った方が紹介されやすいのはあるのでしょうけど。もし自分は全然そんな力はないよっていうのであれば、なにか遊びでも趣味でも継続できるものを持つことでしょうか。自分についてなにか聞かれた時には自然とその話ができているはずです。「すごいですねぇ」「自分にはできないです」ばかり繰り返す人が周囲にいたらどうでしょう。多分徐々に嫌になってくるような気がします。相手からもらうだけでなく、こちらから何かを提供できるような心構えで接したいものです。でないと失礼かなと(少しは私も大人になれたのかしら)

 

まさに、塩満さんはとっても人をつなげるのがうまいなぁと。つくづく。紹介の仕方も詳細は説明しないで、「◯◯さん。この人□□さんだよ」って紹介されるんですけど(カウンターの立ち回りで忙しいのもありますが)こうなると相手がどんな人、どんなことをやっている人か、どこ出身か。とにかく情報がないので、聞かざるを得ません。「おお〜、また無茶振りきた〜」とか一瞬思ったりすることもありますが、細かく紹介しないやり方って実はとってもいい紹介方法なのかもしれないなと。

 

 

とりあえず興味をもったら行って、その場に居てみる。

 

これは山田崇さんがnanodaを始めた時の話を聞いて。確かにって思ったこと。

 

正直に言えば、私も書いたことを実践できているとは思いません。なかなか一歩前に出ることに躊躇してしまいがちです。でもそのハードルをなんとか超えさえすれば何かが起こります。新しい場所にとりあえず一人で言ってみれば周囲から話しかけてくれることが多いです(そんな気がします)もしその機会がなくても、何度か足を運こんでいるうちに見つけてくれる人がきっといます。最低限にこにこ、はきはき。暗い顔をしていなければいつか話しかけてくれるはずですよ。 

 

 

 

ん〜。本当に楽しい時間だったのですけど。最後の最後にいかついオネエ様が乱入してきてですね。まさかの浦島太郎ちがうちがう。上島竜兵さんの某ネタのようなシーンになってしまいまして、なんともえらい思いをしました。

 

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ゔぁ〜、思い出したくない。

 

 

この時に酔いが一瞬で覚めました。おかげで終電に間に合いました。

本当にありがとうございました。