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ほどほど "農民" 絵日記

なんかいつの間に農民になっている人

気になる息子たち

徐々に夏に近づいているのがわかりますね。こちらでも桃もさくらも薄緑の葉がニョキニョキと出始めているようで、周囲の風景が変わってきています。やまやまにも黄緑色が映えるように広がっています。この時期の緑色が私は一番好きかもしれません。先週までですももの受粉がひと段落。ぶどうは少しづつですが、芽が出始めているようです。まだ私の地域ではまちまちなのですが、標高の低い地域ではだいぶ先端が伸びてきている畑もあるようです。ぶどうの忙しない季節が着実に近づいています。

 

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ももの受粉。気分屋の貴陽ちゃんに、やさしくやさしく。

 

静岡に数日帰省しておりました。そろそろぶどうは本格的なシーズンに入っていくのですが、5月の頭というのはぶどうさんの成長の良し悪しによって、シーズンインが前後します。シーズンが始まってしまうと、帰省もできないものですから。そのまえに。おばばちゃんのお墓まいりだけはと。おかげさまで滞在中は毎日お墓まいりにもいくことができ、お掃除やら、お花をもりもりにしたりと。大満足。

 

 

「ばあさん〜これから忙しくなるから、しばらくこれんよ〜

 

なんて言いながら、手を合わせていました。妹のところには何度か訪ねてきているようですが、初孫の私のところには今だにおばばちゃんはでてこない。夢にも出てこないし、日常でもぜんぜん見えてこないのですが、お線香をあげて、お墓のまえで目を瞑って手を合わせているときだけは、なんだか近くにいる気がするのですよね。毎回お墓に行くごとに手を合わせている時間が長くなっているようです。そのおかげで、ゆっくりお話をできているのでいいのですが。

 

 

実家の戻っている間には、お墓まいりと自分のための買い物を済ませたら。特に用事は作らず。他は家族のことでずっと動き回っていました。ちょうど妹が生後2ヶ月?の息子を連れて実家に遊びに来てたので、ちょくちょく面倒を見ながら、スーパーへ買い出し行って、お夕飯の準備をしたり、母親の飲み会の送り迎えをしたり、父親の晩酌のおつまみを作ったり。そうして帰るまえには、その日の作り置きのご飯を作って帰るかんじ。普段の休日よりも動いているかもなんて。

 

 

帰るまえの日に、母親と夕飯を共にしていたのですが。数日まえに小学校、中学校のときの同級生の親御さんとスーパーで合うことが続いたようで。

 

そうそう、この前ね◯◯君と、□□君のお母さんに会ったのよ。

 

◯◯君は結婚して地元に戻ってきて家を建てたみたい。

 

□□君はね。”自分探し”に行くって、沖縄に行って帰ってこないんだってよ。

 

 

って、やっぱり自分の子供たちの話になったらしく、

 

 

母:「うちの息子は山梨で農業やっているわよ」

 

 

とまあ、案の定そんな流れらしくて。

 

「今農業やる子たちが増えているんだってね〜。いいわよね農業。あの子にも農業やって言ってみようかしら」

 

なんて。どこの親御さんも同年代の子供の動向はいつまでたっても気になるようです。きっと、どこの高校、どこの大学、どこに就職したの〜?なんて、つい最近までそんな話をしていたように思いますけど。いつの間にか母親たちの関心の中でも「学歴」なんて関係ないし、興味の対象になってないんですよね。きっとどこの子が、どの学校行ったとか忘れていますもんねw

 

 

その学歴って、しばしば話題に上がったりしますけど。今回友達の動向を色々と母親伝いで聞いたなかで。えっ。ついこの前まで都内で面白いことやっていたのに、地元に帰ってきちゃったの?と、確かいい学校行っているし、頭も良いし、面白いやつなのになぁ。なんて、時折もったいないなぁと思う話があったりするんです。あんなに才能あるのに。もったいないなぁって。

 

 

そこにはいろいろな本人の理由や事情、気持ちの変化などがあると思うので。余計なお世話だよってことなのでしょうけど。どこかであいつには敵わないなぁとか、あいつはすごいや。って仲の良し悪し関係なく、認めている、一度でも認めていた友人、知人に対しては頑張って欲しいなぁとかって、知らぬ間に期待をかけていたいたんだなぁと。自分って誰々云々にはそんな気持ちを抱いていたんだなぁと。なんだか不思議な気付きを得たようでした。まあ逆にいつまでたっても変わらない友人がいたりして「やっぱりそうだよな」って子もいるからまた楽しいのですが。

 

 

 

 

ささばたけのお話。

 

サニーレタスは先週からの天気と気温上昇でどんどん大きくなったので、取れたうちの15〜20株くらいはおすそわけで。静岡にもたっぷり持ち帰りました。いろいろな人に急に連絡をして、貰ってもらいました。去年は採るのが遅くて硬くなってしまうことを繰り返してしまったので。二の舞を踏まないように。せっかく種から育てたのですから。おいしく食べてもらったほうが嬉しいですよね。私も、野菜たちも。

 

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ラディッシュ。小玉でもピリリと辛い。

 

ほうれん草はおしまい。サニーレタスはあと数株のみ。ラディッシュは収穫始まり。

 

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ナスを育てるのには、ちょっと自信あり。

 

とりあえず秋に植えたものを収穫し終わったところから土作りをして、夏野菜の苗を植えています。手始めにトマトとナスの苗を中旬以降に定植。ビーツも少しだけ蒔きました。

 

トマト 「桃太郎」「レッドオーレ」

ナス 「千両2号」「黒陽」

 

ということで、去年うまく作れた品種と、初めて植える品種の組み合わせでやってみました。トマトさんはなんとも悲願の大玉収穫。おおだま。おおだま。お願いだから収穫させて。ケチャップ作りたいんですもん。

さらさらねばねばぱらぱら

四月に入りましたね。先週末は友人の様子をSNS上で眺めていたのですが、都内にお住いの皆様はもれなくお花見にお出かけしていたように見えるくらい。桜やら宴会を楽しまれているようでした。みんな寒いとも書いていたけれど。もう今年も1/4終わっているわけです。桜が散り始めると。早くも「夏」のキーワードが出てきて、秋になって・・・。あ。今年もあっという間でしたねという流れを早くも感じています。

 

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本日は四月に入ってからお初の仕事でした。今日は先月ユンボで掘り起こした場所へ、巨峰やピオーネの苗を定植していきました。ぶどうの苗を定植する時には、たっぷりの水やら、人によっては堆肥入れたり、マルチや藁を引いたり、かぶせたり。それぞれに好みのやり方で植えていくのですけど。とにかくスコップや、クワで土を戻すのがなんとも。腕に力が入ります。だからきっと明日は普段使わない筋肉が総動員されているだけあって筋肉痛が出そう。

 

 

さて、苗を植える作業って結局はパターンな仕事なのですけど。穴の中央に苗木を配置、固定をしたあとに土を戻していると面白んですよね。疲れる畑と疲れない畑があるんです。いくつかの畑に定植を行ったのですけど。それぞれ違うんですよ、土が。

 

 

川沿いの畑だと、さらさらしていて、水がすぐに染み込んでいく。手に取ってみるとそれは川砂で軽いんです。そして小石がコロコロって。地面を掘って、1mも行かないところで、すぐに川砂なんです。俗に言う、水はけが恐ろしくいいのですが、栄養もどんぶらこっこって、すぐに流れていってしまうわけで。過去三年分の経験からだけですが、あんまし粒が大きくならないし、色があんましのってこない。

 

 

ちょっとした高い丘の上にある畑。とにかく粘っこい。クワやシャベルで少し掘ると、くっついて離れないのです。少しばかし振り回したり、叩いたりしても土が剥がれない。そして、ちょっと水を含むと、長靴の底にびっしりとついて離れない。かなりの粘土質だったり。そのしつこさにちょっとムッとなるくらいに。土壌のマップでみると、暗赤色土とありました。確か根菜類を作りにはぴったりだったはず。

 

 

山が南向きの傾斜の畑。サラサラでもなく、くっつくわけでもなくといったところで。聞いてみると、火山灰土ということで。とにかく一つ前の畑とは打って変わって程よくほぐれている感じ。ここまで作業性が違うのかと感じるくらいに。山梨だと富士山の影響下にある地域には火山灰土の場所が点在しているようですよ。

 

 

とまあ、3キロ圏内くらいでこれだけの差があるのですから。どこを一つとっても同じ環境の場所はないのだなぁと。同じ作業をしていても。それは動作だけで。接するものがすべて違っていると。なんとも楽しいことですよね。こうして楽しいとか言う前に、その土地の特性を知って、作物の出来栄えを良い方へと向かわせていくのが玄人な感じなのでしょうけど。まだ私は楽しい嬉しいどまりなようで、その分伸びがあるんですよ。きっと。

 

 

普段あんまり農家っぽいことって、ほんとうに ”ほどほど” 程度に書いているだけですけど。たまにはちゃんとやっているのよアピールをしといてもいいですよね。だって農民ですから。

 

 

 

さて、東京から帰ってきた先週末悪天候で仕事もなく。昼間はベランダのハーブ菜園を復活すべく、ホームセンターで培養土やら、種やらを買い出しに行って。そのまま連続して種を蒔きました。いつの間にか畑で野菜を普通に収穫しているのですが、山梨に移住したすぐの頃は、ベランダでハーブから始まり、トマト、イタパセとかに手を出していたんですよね。それも2年前ですから。懐かしや。

 

 

今の所、ハーブ類は、コリアンダー、パセリは購入済み。ミントなどはアブラムシにやられた経験と、利用用途の少なさからお悩み中。クミンに興味を持ったので、調べてみると簡単に種を取り寄せることはできるけれど。25〜30℃が心地そさそうなので。ちょっと難しそうかしら。苗が売っていれば、オレガノか、レモンバーム良さそう。と早足で語ってしまいましたが。遊びでもベランダや軒先で小さく栽培してみるとなかなかよいものですよ。

 

 

今年はジャガイモのを植えた話をしましたが、まずはその畑の周囲を長ネギで囲って・・・ジャガイモの収穫のあとは、サツマイモも植えて・・・。と今までになく手を広げています。パソコンと1日にらめっこしてた私は、はじめはベランダで一つのプランターから。そこから自分が食べる分をと野菜を作り始めて、そこから余分に作って一丁前に人にあげたりしてって進んでる。

 

 

はじめは小さく始めなさい

 

 

とは、よく聞くようになった言葉ですけど。そもそも小さく始めるということすらハードルであって「いつの間にか・・・大きく・・広く・・・。」って、他人に聞かれるまでわからない。考えたことなかった。そんな「始まっていた」ようなことが、余計な義務感やmustな意識から離れられることなのかなと。そんな気がします。

 

 

さて、英語の勉強しないといけないなぁ・・・。

 

 

・・・あっ。

家政夫週間

今週はお仕事が一息つきまして、しばらくおやすみをいただいています。週末は同じ棟に住んでいる若手醸造家、栽培家さんと一緒に南アルプスのワイナリーにお邪魔してきてました。いわゆるガレージワイナリーというやつで、小規模中の小規模。民家を改装したワイナリーでした。セラーもコンパクトにまとまっていて。作業する時にはその都度機械を出してきて作業をすると。なんだかワイナリーの名前もあって。カナダで訪問したワイナリーを思い出してしまいました。

 

www.domainehide.com

 

お邪魔した ドメーヌヒデ さん

 

www.foxtrotwine.com

 

思い出したのはクマピノさん。ナラマタのガレージワイナリー

 

 

と、この後は地元に帰って車のタイヤやら、三ヶ月以上放置している自分の髪の毛を綺麗に刈り上げてもらおうと算段していたのですが。ちょうど帰る数時間まえに妹からコールが電話がかかってきまして。「ヘルプで来て欲しい」と。なんとも姪っ子がアデノウイルス?やらにかかってしまい、一週間程度保育園に行けないということで、面倒を見ていて欲しいと。そんなこんなこんなで、しばらく月曜の夜から金曜の夜までの予定で神奈川に滞在しています。

 

アデノウイルス - Wikipedia

 

 

普段であれば、滅多に都市圏内には来れないのでパン屋さんやら、コーヒーやら、美術館やらとまえから寄ってみたかった場所へと繰り出していくのですが、そんな気持ちをこらえつつ。お家の中にこもって姪っ子のお相手をしております。こう遠くに見える高い建物を見ながら屋内ですごすのもなんだか新鮮です。

 

とりあえず、そこまでなついてくれているわけでないので、好きなように。TVも好きなように。お菓子も食べたいといえばそのままにさせているのですが。なかなか妹も大変だなぁと。なにより大変だったのはトムとジェリー

 

「とむじぇりーとむじぇりーをみる」

 

と、トムとジェリー一択。そうしてストーリーが終わると「とむじぇりーをみる」とまた次へ。撮りためているのが全4話。月曜から来ていますが木曜の時点で繰り返し見るのに付き合っていたら30回くらい見ているのですごいものです。内容が違うのであれば楽しめるのでしょうけれどw 自分は子供頃はどうだったかなぁと思いを巡らしてみても思い出せず。そうやって何回も見て記憶しているのでしょうか。

 

 

こちらに来てからは自分がしゃしゃり出て、ご飯を作っているのですけど。お子様向けのご飯をいざ作るとなると、面白いもので自然と味付けが変わるものですね。いつも多めに振っている胡椒はなし。唐辛子なんて使わない、油も控えめに。なんてことで。とにかく味はあまり濃くするのはやめよう、酸っぱすぎ、甘すぎ、しょっぱい、辛いもの、刺激物はやめようとなるから不思議。

 

調子を崩しているのもわかっているので自然と野菜が多くなります。にんじん、ピーマン、たまねぎ、小松菜・キャベツ・ほうれんそう。砂糖をあまり使いたくないので、こまかく刻んだにんじんとたまねぎを炒めて加えてあげると。それで甘みが出るので味の面でも一役買ってくれています。よく子供の嫌いなものの代表格ってあると思うのですが。子供時はピーマンは敵のイメージ。そんなステレオタイプななんのその。ほうれんそう胡麻和え、茹で野菜を甘酢で和えたもの。ひじきの煮物なんてむしゃむしゃ食べますから。メインのご飯より食べますからなんとも楽なものです。

 

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お子様チャーハン 

 

 

こうしてお子様の味で作ったものを一緒になって食べているのですけど。全然お塩とか、香辛料を使っているわけでもないのに、満足できるんですよね。とりあえずの塩胡椒をしなくても。ドレッシングには大好きな粒マスタード入れていなくても。炒め物に決めての豆板醤やコチュジャンを入れていなくても。美味しく食べることができます。

 

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お子様オムライス

 

 

こうして子供目線(自分が思いこんでいる目線だけれども)でいつもご飯を作って入れば、味も濃くならず、薄味。特に塩分とかも自然と控えめになるので、よく分からない特定機能食品(トクホ)やら、栄養機能食品なんて食べる必要ないなぁと。そもそも気にしなくて良くなりそうです。そんなことをいったら、今の世は忙しいだなんだとか、作っている時間ないとかいわれそうだから、これくらいにしておきますけど。

 

 

別に今日のご飯とかいって、毎日毎日俯瞰でインスタ映えするデコデコキラキラご飯を作る必要なんてなくて。普段はご飯と味噌汁とおかずの一汁一菜で十分じゃないかと。だって、私なんてずるをしているから、いつもカメラ近づけて、味噌汁かおかずをどれだけ綺麗に見せるかって思考錯誤してやっていますから。そう。皆と違って私は暇なのでそれでいいんです。普段は畑と家を行き来している生活。畑と食事くらいしか写すものがないのですから。

 

 

おっと。そろそろ。昼食の時間になりそうですね。そろそろ起きてくるかしら。お昼はちゅるちゅるが食べたいということなのでどうしようか。初日がナポリタン。麺類・・・うどんと焼きそばがある。ん〜。冷蔵庫と相談します。

 

 

いやぁ、しかし満員電車は人酔いするし、臭いがきつくて。なによりも仕事終わりのどよ〜んとした雰囲気と視線の低さにエネルギーが奪われるかのようです。ここでは生活できそうにありません。

 

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帰りは空いていてほしい。

週末ぽてわいん

葡萄畑は芽傷処理が一通りすみました。私の地域は山梨の中では生育が平地に比べて2、3週間遅いのですが、じわりじわりと葡萄の水揚げが始まってきています。暖かい陽気とともに、葡萄だけでなく、草や木、山全体が目覚め始めているようです。畑で仕事をしていると、目、耳、鼻だけでなく、五感すべてで季節の訪れを感じることができます。そうして私の身体も目覚めていく。

 

 

先週末は三連休だったようで。皆さんはお休みをいかがお過ごしだったのでしょうか。全国的にも天気は良く行楽日和と、お出かけされた方も多かったのでは。私は日曜からお休みでしたが、大きく分けてじゃがいもの植え付け。ワイナリーへのアテンドと駆け回っておりました。

 

 

 

ささぽてのはなし

  

時々話題にあげていたジャガイモを日曜日に植えきることができました。アンデスメークイン、男爵、キタアカリ、インカのひとみ。総勢6kgのジャガイモを植えました。2週間くらいかけて土作り、耕起、畝づくりとやってきて、最後は種芋を配置して土を被せていく。畝を1本立てるだけでも1時間くらいかかるし。種芋を配置して両側に肥料を配置して・・・とそうしていたらあっという間に作業時間は24時間は上回ってしまう感じ。雨の日は除いて、週に5日くらいで、平日は仕事終わりに2時間くらい。週末に4〜6時間くらいと考えたら・・・、おお。良く自分でもやったなぁと。

 

 

とにかく毎日鍬を振るっていたので、毎日が腕がパンパンでした。鍬を振るっている時にはうわぁ、腕がきついなぁ・・・となると、休憩して周囲の山々を眺める。少し腕が休まったらまた鍬を振るうと。今日は結構はかどったなぁと、帰り際に畑を見渡すと、以外と進んでいないのですよね。う〜ん。今日はがんばったのだけどなって。そんな時とこう思ったりもします。

 

「なんで仕事終わりに、こんなたいへんな作業をしてるのかなぁ」

「ここまで広い畑じゃなくてよかったかなぁ」

 

なんてことがふと頭をよぎることがあるのですが、始めた時はアンデスメークインを2kgだけ買ったのですけど。もともとかりている畑に植えると夏野菜が植えれないので、どうしようかなぁと思っていたら、あてがあったので話を聞いてみたらスムーズに話が進んで畑を借りることとなり。意外と広かったので、じゃあ他のじゃがいも植えようかなってなったのです。

 

 

だってね。ホームセンターにたくさんの種類の種芋が売っているのですから。たくさん並んでいると全部植えたくなってくる。欲がどんどん湧いてくる。こうして私の心は種芋売り場に囚われていたようで。追加で残りの4kgを買ってしまったわけです。なんとも単純なお話です。週末はパートナーにも手伝ってもらったので、なんともスムーズ。単純に作業が分担でできるのもそうだけれど。「疲れたね〜」って言えるだけでどれだけ楽で、どれだけ捗るか。

 

 

遠くへと観光しに行ったりするのももちろん楽しいし充実するけれども。畑仕事していても楽しさは変わらないし、充実できている。普段忙しいから、頑張っているからとかいうご褒美とか、息抜きとか。そういった理由では日常と非日常の境目がはっきり分けてしまっているかのよう。毎日楽しいが苦しいより勝っているのもいいと思うんです。日常をどれだけ楽しめるかで全然生き方が変わってくるよなぁと。こんなことをいうとポジティブに考えれないとかいわれそうだけれどw

 

 

ワイナリーをぷらぷらぷらり

 

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シャトーメルシャンにて。

 

私は行く先々に山梨のワインを持っていくことが定例なのですけど。飲んでもらった後に興味を持ってもらったり、ワインが好きな人には。こんど山梨来る機会に声をかけてくれればアテンドしますよ〜と。お酒を飲んでもらって、自分の一緒に飲んでいて、嬉しくなっていつも言っているのですが。今回は例に漏れず。塩尻で何度かご一緒されていただいた写真家さんをつれ回させてもらいました。

  

 

www.lumiere.jp

 

www.rubaiyat.jp

 

www.chateaumercian.com

 

GRACE WINE

 

www.kurambon.com

 

案内する時は当然私がすーぱーはんどるきーぱー。山梨のワイナリー間は歩いて回るとなると、なかなか距離があるのでやっぱり移動手段は考え所。景観を楽しみながら歩いて回るのも楽しいですが、試飲を重ねていくとどんどん歩くのが億劫になっていく方が多いと思うので。ムムムッって感じ。ツーリズムの時にはバスが出るのでいいのですけど。やっぱり人がたくさんいるので、のんびりとは見て回れないと。そうすると専用の観光タクシーかしら。

 

 

 

ずっと見守っていたのですが、試飲の量で25杯くらい飲んでいたので。途中で心配になってしまいましたが。その甲斐もあって?何本か気に入ったワインもお持ち帰りいただいたので、なんともこれもまた嬉しい。こうやって案内をして少しでも楽しんでもらえただけで、幸せな気持ちになりますから。

 

 

味の傾向から。品種やら、醸造方法だったりと好みの傾向が人それぞれ違って面白い。自分が注目していなかったものを発見できたりと視点が広がりますから。またそこから、今度来てくれた人にはどうしたら楽しんでもらえるだろうか・・・とか。また知見を深めたり、研究しようという気持ちになるからいい循環に入っているかのよう。

 

 

こうしてみると、自分は「人のために〜」「自分のためである」という面が強いのだなぁとつくづく。自分が一番気持ち良いし、幸せな気分になるのですから。だから過去を振り返ると、あの時周囲の人のためになったなぁと思ったことであっても。実は自分の私心の方が強かったなぁと省みることもあるわけで。

 

人のため ≧ 自分のため

 

みたいに。自分の私心が抜けきる姿を想像できませんから修行がまだまだ足りないようです。

 

 

とまあ、なんとも久々に色々な話をお酒を飲みながら聞くことができたので。とても楽しい時間を過ごすことができました。なにより訪ねてもらったのが嬉しかった。ちょっと私も夜は連日お酒を飲んでいたので。また日常の摂生に戻って、いつかの週末に備えて体を養生したいと思います。

じゃがベター

先週までで、促進剤を撒き終える事ができました。しばらく天候は曇ったり晴れたりの繰り返しですが、確実に暖かさを感じます。お日様がてっぺんに来る頃には、上着はお役御免で、シャツだけで十分な気がします。それはそうと、久々に葡萄棚の上の方をみながら、常時首を横に倒しながら仕事をしていたので、肩と首がパンパンなんです。この時ばかりはもうちょっと自分の背が低かったら楽なのになぁと思うくらいに。とりあえずいつも思う事は、身長が高い人は棚仕立ての葡萄にはむきませんよって話で。うん。

 

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 種いもカット。

 

さて、最近は仕事終わりと週末は畑仕事に精を出しています。普段は葡萄を見上げていて、アフターと週末は畑で土を触っていると。なんとも理想的な半農半農で結局、農をやっているという事で理想的な積極的休養です。今ハマっているのはジャガイモ。新しい畑への定植作業を進めています。植える数は多分100個前後くらいになりそうです。

 

 

水が近くにないので、手間のないジャガイモのが正解。使っているのは100均のシャベルと、鍬で。一時間弱で畝溝が一本できるくらい。鍬で2往復くらいしながら掘り起こして、その後にシャベルで土をすくい上げる作業の繰り返しです。数10分くらい鍬を振り下ろしたり、あげたりしているだけで、もう腕がパンパン。その度に休憩して、再開してってそんな感じで。

 

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畝が大変。

 

いやぁ、はじめはちょっと広い畑を借りすぎたのかなぁと、パンパンに張った腕をさすりながら思ったものですけど。自分で借りるって言い出したのだし。せっかくのいい機会だからと自分に言い聞かせては、鍬をもう一度拾い上げて振り上げていきます。一日目は100均のシャベルを使っていたのですけど。全然土をすくうことができなかったのです。もう腕が疲れてくるとなかなか効率もあがらなくて最後の方は閉口してしてしまいました。

 

 

今日は畑にいく途中にコメリさんによって、たくさん土をすくうことができる片手のスコップを買ってきました。これがまあ前のシャベルに比べて4倍くらい土を書き出せると。なんではじめからこれを使わなかったんだろうかっていうくらい。でもこれもやっぱり、はじめに非効率な事をやっていた経験が前日にあるから余計にありがたく感じる。小さな違いだけれど、こんな発明した人はすごいなぁとも思うわけで。とっても感激。

 

 

それでも鍬を振る作業だけは変えようがなく。私の細い腕を酷使しながらやっていくわけですが、これまた不思議で、何度も繰り替えてしていくと、無駄な力が抜けていって(というか力が入らない)、効率も上がっていく。コツがわかってくる、負担が減ってくる。みたいに経験値が溜まっていくんですよねぇ。面白い。そんな事にもなんだかありがたみを感じながらやっていったら、結構作業は進んで。今日までで畝は6本まで。そのうち3本にアンデスメークインを植えて作業を終える事にしました。

 

 

新しいスコップを購入してすごい〜って私が言っているわけですから、現代はいろいろな便利な農機械やら、よく分からないですけどITだかIoTとかあるから効率的な生産が来ますとか、それによってみんなハッピーだし、労働力不足が解消されるとか。そんな風な話を目にしたり、聞いたりする事が多々あります。まあなんとも良い時代なんでしょうって。

 

実際に一人、人力に頼って畑仕事をしているから思う部分ですが、機械とかなかった昔の人たちはなんともすごい働き方をしていたんだなぁと思います。私が好きで見ていた絵時代劇とかみていても、農民の人はとりあえず質素で小汚く見える衣装を着ていますし。劇中の主人公が宿場町から宿場町への移動するときの背景にはだだっ広い畑があって、ぽつんぽつんとくわを振り下ろしている人がいたりしますから。今見たら、こんな広い畑なんてできないよなぁとw 天候に左右されるのもそうだし(今でもそうですが)種だって自分たちで収穫した中から来年の分を蓄えていたようですし。

 

「中国での一人っ子政策に隠れて、農村地帯では〜・・・」

 

なんて話もあるように、生きるためには労働力が欠かせなかったのだと思うと。今はいい時代なのだろうし、先人たちがそこから少しでも生活が楽になるようにと、たくさんたくさん工夫をして、働いて、努力をして。そして想像してきた世界が今なのでしょうね。

 

 

とっても便利で、幸せな世界。

 

 

でも、全然そうは見えないんですよね。世の中が。農業だけをとっても、昔に比べて本当に楽になったり、生産量が上がったりしてとってもいい部分が盛り沢山なんだろうけれど。農業についてはなんだかイメージが大変だとかっていうのがほどんどでしょうし、やたらと大規模で〜法人で〜、新規参入しないとダメだとか色々意見がたくさんあるのに進んでいくスピードって遅いんですよねぇ。またそういうと、昔ながらの慣習があるからとか、閉塞的だとかではじめるんですけど。結局知らない人がそんな事を言ってるだけなんですよね。単に面倒臭いことはやりたくないから。

 

 

世の中はいつのまにか面倒臭いし大変なことだらけになってしまったように映ります。何をやるにも面倒臭い。本当に面倒くさくて、誰もやらなくなっていくものって価格って上がっていくとかおもったり。どんどん規制が厳しくなって、消費者の都合に合わせていく。そうしてよく分からないままに、手間ばかりが増えていって、結果それが返ってきているように見えるんですよね。

 

 

格差がどうとか言っているけれど。知らぬ間に面倒臭いことから解放されている時点で下にはいないんですよ。だってすっごく守られている「消費者」なんですから。程度は様々でも。「消費者」側の都合なんじゃないかって思うんですよね。今のもっている便益を誰しもが手放したくないから。便益はそのままで負担はさけたい。だってとにかくみんなみんな大変だっていうんですよ。「大変だ」って。

 

 

と、鍬を振っているだけで。こんないろいろな事を知る事ができるので。いい運動になって、健康にもいいから、みんなで野菜を作りましょう!

 

 

というようにはならないのでしょうけどw

 

 

ジャガイモを植えているときに、小学校の時の全校生徒のグループ活動のときに、さつまいもを植えた事がふと浮かんできました。さつまいもの苗を植え付けるために、畝をたてたり、苗を等間隔で配置をしたりしていた楽しい思い出が。お膳立てをして、低学年の子に「苗はねこうやってうえるんだよ」って一丁前に、教えていたりとか。秋には収穫祭があって、一斗缶くらいの大きさの窯に、収穫したさつまいもを濡れた新聞紙で包んだ上に、アルミホイルを巻いて。みんなで焼き芋をするのが恒例行事だったのですよねぇ。

 

 

あの時はものすごく楽しかったし、全然大変なイメージはなかったのですけど。あの時の華美に装飾していたイメージが強いからか、おかしいなぁ。こんなに大変な作業だったんだっけ?と繰り返しなかなか進まない畝作りを目の前にして息を切らせていました。多分小学校の時。低学年の子をお膳立てしていたように、私たちは先生にお膳立てをしてもらってたんでしょうね。先生も大変だったろうなぁ畝作り。ただただ頭がさがります。

 

 

初夏にはこっそり小さな収穫祭で、小さく騒げればいいなぁ。

吹いてきた風

春めいてきましたね。氷点下になる日があるかないかくらいまできているので。今はぶどうの芽に促進剤をまいて、冬の眠りから覚めてくださいよ〜と綺麗に休眠打破するように作業をしています。しか〜し。今日はなんとも風が強かった。何度もなんども自分の顔に液がふりかかってくるので、メガネが霧吹きで吹かれたかのように、ずっと視界不良でした。

 

 

そんな中急に吹いた突風に、アニメのように帽子が風に飛ばされて、農業用水路にぽっちゃりして、数メートル流されたところで急いで足を突っ込んで、帽子を引っ掛けて拾うことができて一安心。長靴はこんなとき助かります。なんとか帽子が戻らない旅に出るのを止めることができました。ということで、もしかしたら、春一番なんじゃなないのかってくらい風が強かったです。はい。

 

 

今日は仕事から帰ると、新しく開いた口座のキャッシュカードが届いておりました。しばらく離れていたのですが、ほんの少し、余裕ができてきたので投資の方も再開しようかなぁとか思ったり。そんなこんなので投信のラインナップとかみているけれど。私が始めた頃に比べるとだいぶ投資もしやすくなっているし、昔では考えられなかった少額で積み立てができたりと。なんとも便利な世の中だなあと感じます。四月に入れば仕事も徐々に忙しくなってくるので、その前の空いている時間でなければできないことはいまのうちにですね。

 

 

荷物のつながりではないですが。ヤマト運輸さんの話題が所々があがっていますよね。送料無料が当然だった流れの中で、急に吹いた風のよう。私は好きで、小倉さんお本をいくつか読ませてもらっているので。なんとも前に本に書いてあった事象とちょっと似ているかもなぁと思ったり。過去にこういったことも克服してきているのだから、今回もきっと乗り越えていくんだろうなぁとも思っています。

 

 

私もネットで買い物をすることは日常でよくあるので、運送会社さんの不在票が挟まっていることが普通にあるのですが、仕事終わりとなると17〜18時くらいに連絡をして。

 

「この電話以降は家におりますので、そちらの配送の都合に合わせてで結構ですから」

 

荷物の受け取り時に

 

「お手数をおかけしました。ありがとうございます。」

 

 

そうして後ろ姿を見送るのが精一杯な感じです。今の人々の生活スタイルにあった形であれば、昼間は家に人がいないのが当たり前のようになっているので、やっぱり夜に配送をお願いしたいとも思うし。「昼間の配送をやめて、夜に配送すればいい」なんてことも言っている人がいるわけですけど。あなたの都合、あなたの生活に合わせてあげる利便性の対価も考えなくてはとも思います。ただ飯はないともいいますし。

 

www.nikkei.com

 

 

数年前の「フリー」から始まって、「シェア」などのワードは今や当たり前となって、私たちの生活に馴染んでいます。いつのまにか、便利で当たり前になって、何も考えることなくその恩恵を享受している。そんな生活を送っている側には見えない世界がどんどん増えているかのようです。どんなことだってそうで、何か問題が起こった時には関心がそちらへと向いていくけれど。結局一時的な物なんですよね。みんな楽な方に流れていく。実家や友人のおうちでシャワー浴びるだけで、ありがたみを感じる私の環境は、いいことなのかもしれません。

 

 

 

農産物に関わっているので、食に関してだけでも。農薬は体に悪い。化学肥料はよくないとか色々いうけれども。そんなことをいっていたらスーパーに売っている綺麗な野菜をあの価格で買うことなんてできないわけですし。今度は野菜が高いだなんだって言ったって、それなら自分で作ればいいわけです。野菜だって種から植えて、栽培の管理もしっかりして、手間と時間をかけているわけですから。そのリスクなどを全て折ってくれているのが農家さんだと考えたら。もっともっと対価を払ってあげてもいいんじゃないかなぁとも。端くれ当事者ですが、そう思う部分もあるわけです。

 

 

もうしばらくたちますけど、前職で食品会社に勤めていたとき。食品の表示で消費者が分かりつらい。栄養素を知りたい。原料がどこから来ているのかを知りたいという。食品会社であれば、法律にのっとって、それを守りながら製造、販売をしているわけですが、そんなことを言っても、原料の原産国が書いていない。なんでこの添加物を使っているんですか。なんで◯◯の栄養表示が書いていないんですか。ってことも。

 

 

こういったときに、どれだけ自分たちが便利な世の中にいるか考えてみるのも面白いかもしれません。別に大きなことをではなくて、日常生活から見渡してみる。

 

 

スーパーに行けばなんでも揃います。

 

 

スーパーにいくと、入ってすぐに綺麗な野菜がたくさん並んでいます。ほとんどの物は土がついていません。大きな野菜はカットされています。旬に関わらず食べれる野菜も多くあります。しばらく歩いていくとお魚が並んでいます。どこかの港で水揚げされた魚が数時間後にはもう並んでいます。私は綺麗に魚をおろすことができませんが、すでに三枚に下ろされたお魚があります。お刺身があります。精肉コーナーには様々な部位のお肉が綺麗にスライスされて並んでいます。自分が食べられる分だけ買うことができます。

 

 

これも多くの人の手を介して、自分の元にやってきているんですよね。自分じゃない人がやってくれるんです。やりたいこと以外ことは他の人がやってくれてると思うと。頭がただただ下がります。だからみんなとっても自由な生き方ができる。私が今こうしてブログを書いている時間もあるわけですし。食べ物を自分で作ったり狩りに行ったりしなくはならなかったら、もうこの時間は明日のために寝ているはずです。きっと。

 

 

 

最近は、なんでもかんでも責任がない分、なにかの出来事やら問題やら出てきた時に。ネット上では、建設的な意見が書かれているように見えているだけで、こうしろああしろって意見が幅を占めていて、結局何も変わらない。そんなことをする前に、できることは

 

「自らを省みる」こと

 

振り返るきっかけにして。自分のできることをする。少し気を使うだけでもなんでも。そうした小さな変化が増えていくことできっと未来が良くなっていくと。よくしていけるとそう思いたいものです。

 

 

先週末に野菜の種を植えました。

 

アンデス(じゃがいも)

小松菜

春菊

小蕪

 

こうして種を蒔くときには、気持ちがとってもワクワクします。種を蒔くと必ず収穫できるという想像をしていて、頭の中ではどうやって料理をしようか、食べようかとかもう頭の中は思考が行ったり来たり。こうしている時間がとっても幸せなのかもしれません。こうして種を植えても収穫できないこともありますが、それは寂しく、悲しいけれど、次は何を植えようかなと次へと想像が進んでいます。

 

 種を植えているとき軽トラのおじいちゃんが話しかけてきました。

 

「にいちゃん何作ってるの〜?」「野菜は作るより買う方が安いぞ〜」

 

って。そのあとに。東京からきたにいちゃんが農家をやり始めた。あそこは儲かっている。手広く桃をやっているぞ〜って色々とお話したあとに。

 

「みんな作るのが楽しいから、やめれんだろなぁ」

 

と言って、風のように去っていきました。

 

そう。作るのは楽しい。やめられんよおじいちゃん。

 

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お水はたっぷり。

 

スーパーマン的な。

ちょっとお休みができたので、ふらっとお出かけをしたり、もろもろの片付けをしたり、畑をかき回したりと。のんびりモードです。2月末で春めいてきたとはいっても、風が少しあるだけで寒いなぁ寒いなぁと、ついつい口に出してしまうので、ますます寒いってなっていくのですが。しかし、天気が良い時に表に出て歩いているだけで、背中はポカポカするし。空気は澄んでいて。この時期ではない爽快さを味わうことができます。

 

 

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 四柱神社。街中の神社さんとは。なんとも不思議な空間。

 

 

 

そんな中。ちょっとした空き時間でNetflixで見ていたんですよね。

 

wwws.warnerbros.co.jp

 

 

ちょっと前の映画だったとは思いますが。いやぁ、なんとも壮大なスケールで、アクションもすごかった〜と。人並みのような、どこかの普通の感想に落ち着いてしまうのが常なのですが。強大な力を持つ物の苦悩って、一般目線からでは見えないのですよね。一方にとっては助けになっても、その反面では加害者になってしまうといったように。現代では、富の偏在にもなんか似ているなぁとも思えて。なんだかなぁって。

 

 

 

ヒーロー物って見るのは好きです。特定のキャラクターや映画が好きっていうのはないのですけど。ついつい見てしまうのですよね。とはいっても私の子供の頃のヒーローって、子供の頃についつい見ていたのは、平日の夕方にやっていた水戸黄門の再放送から始まり、大岡越前暴れん坊将軍御家人斬九郎剣客商売なり、鬼平犯科帳だったりして、時代劇小説への道へと進んでいったわけですが。

 

 

ん〜ちょっと違うか。

 

 

スーパーマンってとてつもなくチートな能力があって。一部の弱点を除けばほぼ無敵なわけなのですけど。その能力の中で数百万人の中から一人の声を聞き分けることができるというところに目がいきました。この能力。無条件に悪い声も良い声も聞こえてしまうとしたならば、どうでしょうか。(意図しなければ聞こえないのかもしれませんが・・・)しかも自分には力があるわけです。そうなると動けば救えるわけです。逆をいえば動かなければ救えないと。

 

 

人を救うか救わないか。選ぶ自由はあるけれど。人々を救わないという選択をした場合。動かないでいるだけで、救えない人たちの声ばかり聞こえるわけです。それもずっと(老化とかあるのかな?)別にそんなの気にならないぜ〜って思っても、毎日のように悪い声ばかり聞こえていたらどうでしょうか。とりあえず私は耐えることができません。じゃあその立場にいたらどうするかって考えたら、動いて。助ける。ここにたどり着きそうです。

 

 

なんとなく私がスーパーマンだったら〜の話をしてしまったけれど。スーパーマンにはなりたくなぁと(なれないけどね)スーパーマンとは違えど、「スーパー」◯◯な人はたくさんいるんですよね。誰かが取り上げた瞬間に、いつの間にか広まっていって。スーパーになってしまっている。皆に能力と、その存在を知られているんですよね。そしてそのスーパーな人に祭り上げられてしまうし、その人の様になりたい人もたくさん出てくる(さすがにもう窓から飛べるはずだって飛んじゃう人はいないと思うけど。)

 

 

その期待もエネルギーに変えられるひともいるけれど。全てのひとはそうではないんですよね。スーパーになってしまうと。スーパーな期待があるから。勝手に期待されるて、どんどん周囲が期待へと傾倒してしまう。そうして勝手に祭り上げた人たちは、勝手に評価する側に周って支持となって、そのスーパーな期待が外れてくると、途端に不支持となることも。(私の主観です)

 

 

書いているだけで、スーパーマンは大変そうだなぁとなってしまいました。

 

 

しかしラッキーですよね。そこまでスーパーマンのように聞き分ける耳がないから。知らないで済む世界があるし、それで悩むことはない。だから結局何者にもならないし、なれないことがわかると、どれだけ軽くなるか。楽に行動できるか。スーパーマンになろうとしないで、人間でいるということが一番能力を発揮することができるし、スーパーな◯◯のようにならないで、自分という存在があるだけで幸せなんです。こっそり良いことも悪いこともできちゃうのですから。するかどうかは別としてw

 

 

自分ができることを、皆がやっていけば。スーパーマンは役割を終えることができる。スーパーな人がずっと存在しているということは、もしかしたら一人一人がやれることをやっていないから。依存しているから。からかもしれません。変な表現かもですが、スーパーな人の居場所を作らないことが、実はスーパーな人のためになるのかもしれません。目立ちたい人は別だけどw

 

 

 

私はなんで時代劇に走って行ったのだろうっていうと、そこには人間味というか、人情というか、その時代に生きていた人たちのリアルが伝わってくるような気がするからなんですよね。 決まって、いつも誰かが犠牲になってしまうし、救えない人たちもいる。はかなさとかともあるけれど。それでも未来に向かって良くも悪くも進んで行く感じがなんとも。

 

 

と、ごめんなさい。スーパーマンについてはにわかで、知ったか。ちょっと見ただだけで書いてしまいました。あしからず。