ほどほど絵日記

鍬を置いて、山を降りた人

家に帰ったら何をしよう

昨年末は何かと仕事が終わるのが遅い毎日で、お家でご飯作ってお洗濯したら1日が終わってしまった〜なんて事が多かったのですが、1月は閑散期となるようでそれほど遅くならずに仕事を終える事が出来そうです。

 

そうそう最近ですね。職場からの帰り際に他の社員さんと話をしているときに、いつも仕事終わったら遊びに行ったりするの〜?なんて話を聞いてみたのですが、あまりお出かけをしたりする人は少ないようで、平日というと疲れてしまって全然出かけないんですって。なんだか自分は20代半ばには、いつも調子に乗っている以上に、さらに増して調子の乗っていたので、毎日のように終電に乗り遅れては、某◯ン◯ンタクシーで帰っていた事を思いだして、一人苦笑いなのですが。

 

それはいいとして、しばらくは定時で帰れるので

 

「これからしばらく時間ができるのだから何かやってみたらどう?」

 

なんて話を振ってみると

 

「家に帰っても時間があるのでどうしようって考えてしまうんです」

 

とまあ。こんな感じなのです。ん〜。そうなるとどうしますかね。自分だったらどうするか・・・。今の私は平日、仕事以外の時間って何してるんだろうって(家事は除く)

 

「ながら」でしていること

  • オーディオブックを聞く
  • Podcastを聞く
  • Voicyを聞く
  • 音楽を聴く

この「ながら」でしている事って結構重要で、元は農作業をしながら一日中オーディオブック三昧の日々を過ごしていた私には習慣になっている事なのです。車に乗っているときはもちろん、炊事洗濯中、寝る前とか。重宝しております。下のスキマ時間にしている事と親和性が高いので同時している事が多いです。本の時には、音楽に限られてしまいますが。ゲームしながら論語を聴いていたりしますから。

 

少し前までは、Podcastやオーディオブックの認知度ってごく一部の人にしか知られていないようなメディアだったと思うのですが、様々なサービスが広がっているようです。最近ではVoicyといメディアを知って、配信しているものを鋭意物色中です。

 

きんぴら

今日はながらしながら、きんぴらごぼう


スキマ時間にしていること

  • 本を読む
  • ブログを読む
  • NewsPicsを眺める
  • スマホゲーム

相変わらず本は読んでいるけれど、最近はリーダーシップ関係、中国古典を繰り返し読んでいて。古典の方は徐々に原文に近づいて行っている感じ。入門編から上級編へ向かっていると言えばわかりやすいでしょうか。本屋さんに行った時には、話題になっている本を物色して何冊か手に取る感じ。ブログはフォローしているブロガーさんをアプリを使って購読している。NewsPicsピックスはプッシュ通知が来た時に面白そうだなって思ったら開く。ゲームは昔やってたゲームが配信されたりすると、時間泥棒とともに私のiPhoneに「こんにちは」ってやってきます。

 

少しまとまった時間がある

  • グロ放題
  • Netflix、Hulu、Amazonprimeで何か見てる
  • soundcloudで音楽探し
  • 投資の学び直し(NISA・積立NISA・iDeCoとか最近の制度を理解しようと)

 

グロ放題はビジネスのフレームワークとか、面白いテーマの講義を聞けるので片っ端から見ています。私自身全然ビジネスを勉強してこなかったので学び直し?学び始め?にぴったり。動画配信サービスでは、見たいと思った番組があるとついついって感じ。好きなシリーズの海外ドラマかドキュメンタリーの2択。ドキュメンタリーは食か自然に関する番組。最近見た中だと「腹ペコフィルのグルメ旅」異文化の食を通じて、旅をした気分になるものさることながら。ある友人に似ていて楽しい楽しい。

 

 


Somebody Feed Phil | Official Trailer [HD] | Netflix

 

soundcrowdは唯一愛用している音楽サービス。普通では出会えないようなアーティストやremixに出会えるので、掘り出すといつの間にか時間が取られています。投資の学び直し。しばらくぶりに投資を再開しようかと思ったら、ますます投資の敷居が下がっているようで、自分にぴったりの優遇制度を利用して・・・の前の理解をして始めようかと。積立NISAとか結構良さそうな感じがしている。

 

時々している事

  • ブログを書く
  • 依頼されたデザイン、簡単な動画編集とか
  • ライターっぽい仕事とか、月2万文字くらい
  • 見かけた料理を試しに作ってみる

 

ブログ。最近ごめんなさい。書く回数減ってます。ちょっとだけライティングの勉強がてらお仕事をしてたりで、そちらにキーボードで打つ文字はことごとく流れて行ってしまって・・・。デザインとかは依頼があった時だけ。

 

あとですね・・・見かけた料理を試しに作ってみるというのが曲者でして、まあ調子にのるわけです。私がよく利用させてもらっているのはみんなのきょうの料理。何を隠そう、きょうの料理ビギナーズを毎月買っていたことから馴染みがあるのです。あとはYouTube、雑誌の特集とか。あとは友人が教えてくれたものや、作ってもらって美味しかったものはすかさず自分でも作れるように何気なく味付けとか調味料とか聞いちゃったりする。そうして私は時々、友人のお宅の綺麗なキッチンをお借りして散らかしながら、ご飯を作るのが最高の楽しみで・・・やっぱり自分のご飯を作るより、人のためのご飯作りたいかな。何よりも楽しいですよね。

 

 

なんだか私を見てみて!なブログになってしまいました。

 

うん。多分参考にならないって読んでて思いました。

 

どうぞ。よろしく。

たねまき。

あけましておめでとうございます。

皆さんはどのようなお正月をお過ごしでしょうか。

 

意図せずして人生の大きな転機となる年なってしまいました。

それももう昨年のお話。

 

時というのは、何をしていなくても過ぎていって取り戻す事はできないのだけれど、過去に起きた出来事は、時間とともにまた違った面を見せてくれるようで、いかようにも受け取ることができるんです。

 

大好きな鬼平犯科帳の主人公である、鬼平こと長谷川平蔵が身を投げようとしていた女性を引き止めた際にこのようなことを言っています。

 

死ぬつもりか。それはいけない。どうしても死にたいのなら、一年後にしてごらん。一年も経てば、すべてが変わってくる。人間にとって時のながれほど強い味方はないものだ

 

鬼平犯科帳 2巻より

 

ふとした時にその語り口が思い出される、印象深いシーンでした。

 

 

 

さて、もう昨年末のお話です。

 

お仕事最終日はお休みをいただいて、年末に久々に山梨に行ってきたんです。それは山梨の病院の定期検診だったから。だいぶ骨の状態は良い様子。順調にいけば3月の初めには手術となりそうです。手術といっても折れてしまった骨を固定している高価な金属を取り除く手術。気持ちやカラダ的には一息つけているのですが、本当の意味では体の中に入った遺産を取り除いてもらったら一息つけそうです。また腕とかアンパンマンみたいにぷくぷくになったり、手術後にはまたリハビリがあるので、ちょっとだけというか、怖い気持ちもあるのですが。とにかく痛くありませんようにって感じ。

 

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選定の終わった巨峰畑

 

 

病院での検査が終わった後には、一人車を走らせてぶらぶら甲府から甲州市へ。当たり前?のことなんですけど。山梨県なのに山あり県とはよく言ったもので、見渡す限り山に囲まれているんですよね。改めてそう感じました。少し高台の道を走っていると、南アルプス八ヶ岳の高嶺には雲が渦巻き、白く雪が積もっていました。今住んでいるところには富士山以外で雪はないし、周囲を見渡しても、半分は山、半分は太平洋側でポカンと空だけがある感じで、ポカンと空間が空いているのです。また、そこまで気温は変わらないのだけど、やっぱり少し寒いよなぁって。

 

 

まずは甲府の五味醤油さんへ向かいます。山梨で愛用していたお味噌をたっぷり買い込む。うん。買い込む。やっぱりね、あまりお金を使わないながらも、毎回甲府まで行って仕入れていた、五味醤油さんのやまごみそが切れてしまっていてなんとも毎日のお味噌汁に物足りなさを感じていたのです。一人暮らしの時には毎日のお味噌汁が健康の秘訣。とりあえず野菜を収穫したらザクザクっと切って味噌につけて食べてみる。体がお味噌でできていると言えるくらいに食べていたんです。たっぷり自宅用に数キロ買ってきて、快適な味噌ライフが再スタートです。

 

 

もう一件。勝沼の友人が若社長を務めているワイナリーにお邪魔してきました。色々な経過をお話して、ワインを選んでもらって、一本頂いてしまったりとなんとも幸せ気分。ご成婚されて、お子さんがいる話は聞いていたのですが、初めてご挨拶をする事が出来ました。帰り際に敷地内に車のキーを落としてしまって、一人ワチャワチャ探してしまってお見苦しいところを。小さなハプニングもありましたが「今後はたくさん友人を連れて伺います」とお約束して、家路に着きました。もしワイナリー巡り行きたい方がおりましたら、どうぞ。よろしく。

 

 

寄りたいところはたくさんたくさんあったのだけれど、その日は日帰りだったので、申し訳ないながら病院以外には二件だけ。また戻ってくるよと山梨を後にしました。

 

 

いつもだと年末年始にかけて「やりたいことリスト100」を手帳に書いて頑張るぞ〜と意気込んでいたわけですが、なんともまあ手帳すら購入していない感じ。健康第一。まずは何をしようか考えるまでに、カラダを戻すことを考えて、新しい事の種まきの年にしたいと考えています。どんな種をまくのかはお楽しみに。とりあえず。新しいこと云々の前にやっぱり小さな畑を借りて、作物の種をまくのが一番手っ取り早いかも。一番先になってしまうかもしれません。

知ってしまうこと

いつの間にか社会復帰して一ヶ月が経ってしまいました。なんだかあっという間に過ぎていったよう。もちろん療養期間ではあったけれども、一ヶ月前まではなんであんなに動かなかった、いや動けなかったのだろう。って、思い返してみるとなんでだろうと思うこともたくさんあるけれど。結局、そんな時間も自分にはきっと必要だったのだろうと感じることができるので、なんともいい性分だなぁと、我ながら思います。

 

昨日は久々にある助産師さんを少しだけ静岡をご案内する役をいただきまして、ご一緒することができました。どんなつながりかと振り返ってみると、なんともこのご縁も数年前に長野で知り合った縁でして、それがきっかけでありがたいことに自分のできることで少しだけイベントの告知の面でお手伝いをさせてもらったりして、定期的に連絡を頂いたりしていたんです。

 

なんどかお誘いも頂いていたのですが、なかなか農業で忙しかったり、怪我をしたりと何かとあってお会いする機会がなくてなんとも忍びなかったのですが、今回はなんとも静岡にいらっしゃるということでお声がけいただいたんです。なんともこれはおもてなしせねば!と勝手に気負いまして、ご案内させていただきました。

 

今回は午後のお昼から夕方までご一緒したとはいえ、ほとんどが車での移動だったのですが、それはそれで近況を色々聞くことができたり、新しい気づきを得ることができたりと有意義な時間だったように思えます。

 

もともと、私からみてその方ってあまり私の周りにはいない方で独特の雰囲気をまとっている印象なんですよね。特に「執着」を感じない方だなぁと思っていて、お話をしていてもなんだか達観しているかのようで、私なんぞ学ぶ事がたくさんでした。

 

なかでも、その方は前々から環境についての意識がとても高いと感じていて、どうしてそういう視点が持てるかどうか興味があったので聞いてみたのですよね。そうしてきいてみると、学生の時に選択したのが環境学(だったはず)の類で、多くのこと勉強しながら見聞きしたことから意識が向くようになったようです。勉強をしていく中で、いろいろな感情が湧き上がったそうなんですが、ある教授から「知らない方が幸せかもしれないよ」(間違っていたらごめんなさい)と言われたことから気持ちが救われたんだとか。

 

なんだかその話を聞いている中で、もしかしたら世の中には知らない方が幸せなことってあるのかもしれない。けれども知ることで多くの選択肢を選ぶことができるって思ったんですよね。だからいろいろな人に会って様々な価値観があることを知ることもいいでしょう。本を読んで過去の偉人の体験を追体験するのもいいかもしれない。友達でもテレビから聞いたことで少しでも関心が湧いたものをスマホでささっと調べてみる。そうすることだけも多くのことを知ることができるんです。

 

知った時にどう思うかは人それぞれの自由だけれど、きっとその中には自分の良心に刺さる部分があると思うのですよね。これってこうしてみればいいのにっていうものや、困っている人を助けたいと言ったような感情が生まれてくるものがあるかもしれない。もし自分に何かの課題や、もやもやしているものがあるならば解決のヒントが見つかるかもしれない。

 

またそこから動き出す人となると、きっと少なくなってしまうのだろうけど。今はクラウドファンディングとかもありますし、身近で頑張っている人を見かけて共感できることに出会ったのなら、応援するだけでもまた変わってくるかもしれません。なんだか書いているうちに、なんだか色々と動き出したい気持ちがまた出てくるから不思議です。

 

また冒頭に書いた話の続きではないけれど、きっとそろそろあなたは動く時ですよって、お仕事の話もきましたし、誘水のように機会が訪れたので、タイミングだったのでしょう。またさらに何かをしたい!って、動きたくなる時がまた来ると思うのですよね。そうした時に動ける準備をしておくことも大切なのかもしれません。だからこそ今できることをしっかりとしながら、その機会を待つことのも楽しそうです。

 

さて、色々書いてみましたけれど。縁って不思議ですよね。今回のつながりも山梨に行かなければ決してなかった縁なのです。山梨行ってからの中でも様々な出会いがありました。実際に親しくしていた方とは疎遠になったりすることも往々にしてあるのだけれど、またご縁があるときには、また出会うように仕組まれているかのようです。そう感じることができると、自分が新しく何かをしようとしたり、求めた時には必要な時期に、必要な方がきっと現れるのだろうという確信にも似た気持ちが湧いてきます。そう感じることができるだけで、また明日も楽しい一日が待っているかのようです。

 

また明日も早起きをせねば。

 

 

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途中寄った法多山ではやっぱり厄除け団子。抜群の安定感。

順応

身体が今の生活のリズムにフィットしてきています。今の季節は出勤する時に太陽が昇ってくるし、帰る時にはもう日が沈んでいる。だから私に足りないのは日光を浴びる時間が足りません。冷えた空気の中で太陽の光を身体に受けてポカポカする感じがとっても心地よいのですが。おかげさまで私の肌の色は順調に白い方へと推移しています。

 

さて、仕事を始めてもう直ぐ1ヶ月経とうとしていますが。不思議と順応してきているようです。私の職場には年齢が上の社員さんがいないこともあって、なんだか変な感じ。農業をしていたときには、ほとんどが経験豊かなベテランさんばかりと仕事をしていたのですが、今度は真逆になってしまいました。だからと言って困ることはなく。皆さんが良い方ばかりなのでなんともありがたいことです。

 

先日、仕事終わりに久々に職場の同僚とご飯を食べに行ってきたのですが。前に私が勤めていたときと、現在の会社の様子や雰囲気など。こんなことがあったんだよ〜と色々と聴かせていただきました。やはり年月によって人も体制も変わってきたのだなぁと。しかし結局のところ変わらないものもあるわけでして。それは社内での上下のコミュニケーションだったり。「今の若いもんは〜」とかは、記憶している限りは私の口からは言っていないと思いますが、いつの時代もいつも課題に上がるのは同じことなのかもしれません。

 

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食事といってもラーメンがいい感じ。

 

つい最近までの私の心の中には、やりたいことをやっていることが一番の幸せなことなんだなぁ。って思って生きていたなと。もしかしたらそう思うことで行動していたのかもしれない。だからこそ自分のやりたいこと実現するためにってこと山梨で畑に立っていたんです。しかしそのやりたいことができなくなってしまった。確かに悲しかったし、寂しかった。

 

じゃあ今の自分は不幸なのかと思うと。そうではないように思えます。周りから見たらどうなのかわかりませんけれど、自分の中ではやりたいことができなくなったからといって不幸ではないようです。自分にできることをまずはやっていこうと思って、仕事に就いてみると。あれもできる、これもできるってなってくる。なんだか自分に制限ができたことで、思考が整理されたように感じるのです。とまあ、生きているだけで丸儲けの実感は強しですね。

 

今の世の中には様々な「モノ」や「コト」であふれています。だからこそあれもいいかも、これもいかもって選べない。賢さもそうかもしれない。こうしたらああなる。ああしたらこうなるかもしれないと、想像を働かせることによって動き出すことができない。実際に私にはその気があって、なんでもかんでも初動が遅かったりするのですが、制限があることで動き出すのも早くなったかもしれません。

  

実は制限があったり、不足している状況だったとしても、人間はそこから工夫しようって、知恵が湧いてくるんです。だから不足している世界も幸せだし、満ち足りた世界も幸せなんだろうなって。

 

「なんだか私って幸せかもしれない」ってふと感じることができたときが自然な幸せかなぁと。

 

「人のいい面に目を向けましょう」「いいところ探しをしよう」って見たり、聞いたりするけれど。私なんかとっても未熟なので、言われてしまうとあんまし「いいこと」って見つからなくて、「悪いこと」のほうへと吸いこまれそう。幸せも似たようなことで、探したって見つからなさそう。

 

「幸せと思うから幸せ」

 

うん。しっくりくるようになってくるから不思議です。

人をどう生かすか

静岡に戻って、しばらくが経ちました。

 

ありがたいことに前職の会社へ、出戻らせていただくことになりました。2週間ほど経ちましたが、半年も働いていなかったわけですからなかなか体のリズムを整えるのに苦労しましたが、ようやく整ってきたように思えます。

 

今は自宅を6時半くらいには家を出発しています。だいぶ明け方は冷えていて寝床から離れられないですが、窓を開けて冷気を取り入れると、とっても清々しい。車をしばらく走らせていると、徐々に太陽が昇っていく様子がわかります。明るくなっていくと共に、日差しが徐々に運転席に届き始めます。ほんのり暖かい。ちょっと寒いけれど窓をほんのり開けて車を走らせていると、なんとも言えず心地いい。

 

こうなんとも、久々に仕事をしてみると。以前勤めていた感覚とはなんだか違う心持ちなのです。それだけ自分が変化したのか、会社が変わったのかはわかりません。でも変わった割合でいったら、私自身が変化していることのほうが大きいように思えます。

 

しばらく動いていなかった時には、いろいろなことを考えたり悶々と過ごしていたけれど。一度動き出すとそんなことを考えなくなりますね。なんかあれもできる、これもできるって思えてくる。仕事に向き合う面でも、できないことばかり目に向いていたこともあったけれども、少し制限があるだけでできることにフォーカスできるものです。だって、できないことをいつまで考えたって、できないものはできないのだもの。

 

私も社会人になってからは10年以上経っていることもあって、私より年齢の若い社員さんたちがたくさんいます。数年間、人里離れたところでお仕事をしていたからどう接したらいいかと悩むかなぁと思っていたけれど、実際にはそうでもなかったり。私が成長したからだ!って自身を持っていえます!ってこともなく。きっとみんなの人柄いいんです。ありがたいことです。

 

なんだか以外にも役にたっているなぁと感じたのは、畑で聴き続けていたオーディオブックでしょうか。畑に足を踏み入れる前にまずはオーディオを再生するところからスタート。ぶどうばたけの下でずっとオーディオブックを流しながら仕事をしていたのです。なかでも愛聴してたのが孔子論語渋沢栄一などの中国哲学の類であったり、「人を動かす」「7つの習慣」などの原理原則の本だったり。人に接することは少なかったけれど、人に接するための本ばかり繰り返し繰り返し、何十回、何百回と聞いていたことに気がつきました。

 

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仕事的にも、スムーズに皆が仕事ができるようにする役割となっていることもあって、自然とそちらのほうに意識が向いていきます。どうしたら皆が気持ち良く働くことができるのだろうか、楽しく働くことができるだろうかって。特に気になることが、仕事をうまくこなせているのに、自信をもって行動できない方がなんと多いことか。何かしら仕事がうまくいっていないことや、もっとこうしたほうがうまくいくのにという事に気付いているのに、それを進言する事ができないようで、なんとも歯がゆいことといったら。って偉そうにって感じなのですが。

 

こう私はあまり怒ったり、叱ったりすることがなくて。自分の兄弟間とかでしかないのですが、やはり必要な場面ではしっかりと言わなければならない時も出てきそうです。

 

ちなみに、最近読んでいる本あって。それはこちら。

 

 

私はどちらかというと、なんとな〜く性善説よりだったり。ということで。それなら性悪説の本を読んでみようと私には足りない部分があると思うので、ある本を手に取りましたと。韓非子。やっぱり私の視野はまだまだ狭いなぁと。様々面を知るからこそできることの幅が広がりそうです。

 

大好きな鬼平犯科帳長谷川平蔵も言っていたけれど。

 

人間というのは妙な生きものよ。悪いことをしながら善いことをし、善いことをしながら悪事を働く。

 

人というものは、はじめから悪の道を知っているわけではない。何かの拍子で、小さな悪事を起こしてしまい、それを世間の目にふれさせぬため、また、つぎの悪事をする。そして、これを隠そうとして、さらに大きな悪の道へ踏み込んで行くものなのだ 

 

だからこそ、そうならないようにもできるというものか。

 

なんとも、本屋さんで鬼平犯科帳の決定版が出ていて、また手に取りそうになってしまいました。2度あることは、3度ある。また欲しくなる。不思議な魅力があるものです。

山をおりる日

お世話になった山梨から離れました。

 

怪我の影響もあります。怪我をしたから仕方なくと言ったら聞こえはいいけれど。なにより気持ちを取り戻すことができませんでした。

 

昨日最後の片付けを終えて四年と少しお世話になった、雇用促進住宅を明け渡しました。

 

古くて、お湯が出なくて、シャワーがなくて電気を消すスイッチもないようなお部屋。はじめて見たときには住むことに躊躇していたのですが、一人で住むにはとっても広くて、収納もたくさんあるお部屋。ぽつんの六畳のお部屋に置かれた四人掛けのテーブルでおいしいお酒と料理を並べながら、いろいろ食べて、話してと楽しい時間をいっぱい過ごしました。引越しの片付けをしているだけでも寂しかったのですが、テーブルを解体して運び出した後が一番寂しかったかな。

 

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いろいろありました。

 

山梨にいた時間は本当に幸せな毎日だったと思います。毎日朝早くに野菜畑に向かって、水やりと手入れをして。そこからぶどう畑に行って農作業をして、仕事終わりにまた別の野菜畑のお世話をして帰路につくという毎日。繁忙期にはとても作業量が多くて、大変な時期もあるのだけれど。全然嫌になることはありませんでした。パートナーに作ってもらった、特製のおむすびをもたせてくれた時は本当に嬉しくて、お仕事のことよりも早くお昼にならないかなぁと、待ちわびながらお仕事をしました。お家でご飯を作って待っていてくれる時は、なんとも幸せな時間でした。

 

いろいろな出会いもありました。初めは山梨に友人がいなくて。いろいろなところに出向いて行って、動いた結果なのか北から南まで北海道の方から九州の方までたくさんの方と知り合う機会に恵まれました。それで不思議なことに最後に山梨県内の知人が増えていくことに。住んでいた集合住宅でも多くの気の合う仲間に恵まれたことはとてもありがたかったなぁと。いつもお酒の席では、調子に乗って喋ってばかりおりましたがお許しいただければ幸いです。 

 

山梨に行ってからの農業の歩みと心の変化をに少し振り返ってみます。 

 

山梨にいく前は自分で選択をしたことのない、他責の人でした

考えてみると、本当に情けないかぎりでして。自分で選んでこなかったから責任は自分にないし、自分で何かをしようという気持ちにもなりませんでした。当時はやる気がわかなくてとか、熱意がなくてなんてことを散々言っていたけれど、自分の人生に責任を持っていないからそうなるのは当然だったように思います。

山梨に行ってすぐの時には、自立するためにもがいていました。

山梨に行ってからはぶどう栽培に関わって、一年ということもあって。なかなか思うように仕事をこなすこともできないし、毎日が一生懸命。だけど結構自立しているような気になって、なんだか偉そうだったなぁなんて。なんだか自由を手にした気になって、自分のことをばかり考えている人の気持ちがわからないただの放漫な偉そうな人間でした。

しばらくすると、自分の居場所ができました。

しばらくはひたすら自分と向き合う時間でした。自分はぶどう農家としてどうしていこうか、どうやって生きていこうかをひたすら考えていました。なんだかんだでノープランな私だったので、まずはぶどうの栽培を継続することから。そこから地域の農家やワイナリーの方と知り合う機会に恵まれて少しずつですが、こうやっていけたらいいな。こうしていこう!という目標が形成されていきました。 

自分で独立してやっていけそうだ

2年ほどシーズンを通してぶどう栽培に関わることで、こうしていけば農家としてやっていけるであろうという自信が生まれてきて、独立へ向けてさまざまな研修を受けました。県が行っている各種研修を通じて、栽培だけでなく経営についても学ぶことができたりと夢が膨らみます。

 

パートナー出会ったのもこの時期。なんとも頭でっかちで、どうしようもない私に自分が世間知らずであることや、至らないことがたくさんあることを教えてくれました。そうして自分の弱さをようやく認識することができました。時には厳しいこともあったけれど。どんなときでも支えてくれて徐々に変わっていくことができたように思えます。

独立に向けて歩き出す

農業委員会さんに申請をしてからしばらく間が空いておりましたが、ようやく畑を借りる目処がつきました。自分の畑をもってスタートできるところまできました。念願だったワイン用のぶどうの苗も手に入れることができて、一帯を任せていただけることになったので、実際に耕作放棄地を耕して、支柱を植える場所を計測し、ユンボを使って穴を掘って。数十本の苗を定植して。わくわくドキドキでした。

 

と。私のぶどうの歩みはここでストップ。数日後に怪我をしてしまいました。

 

sasariki.hatenablog.com

 

静岡から山梨へ行くときに、地元の友達には私はこう言っていました。

 

「うまくいかなかったら、泣きながら逃げ帰ってくるから」

 

実際に山梨に行ったときにはどう思ったかといえば、今までデスクワークをしてきたので、肉体労働が耐えられなくて嫌になって帰ってきてしまうかもしれない・・・。そんなところから初めて、一年、二年、三年、四年と継続することができました。

 

ここまで好きなことができたのは、好きにさせていただいたのは、多くの方に応援していただいたからこそ、ここまで続けることができました。本当にありがとうございました。

 

また怪我をしてから、多くの方に力をもらいました。パートナーには本当に心配をかけてしまいました。自分がもうこれ以上よくならないかもしれないと思うたびに、もっと曲がる!元に戻る!と弱音を吐きそうな私に喝を入れて、リハビリにのぞませてくれました。農業へ戻れるようにと治療に、リハビリと尽力していただいた先生達。また多く方に励ましをいただきました。本当に心強かったです。

 

来春には体の中に入っているプレートやボルトを抜ける見通しが立ってきました。肘については可動域が良くなるように、靭帯の手術にのぞみます。もう一度リハビリになりますが、もうリハビリへ耐性は結構付いているので大丈夫なはず。少しでも良くなるようにもう一踏ん張りがんばります。

 

静岡に逃げ帰ってしまった私ですが、山梨に顔を出しにいきます。

またお手柔らかにお相手いただければ幸いです。

 

ありがとうございました。

となりのおじいさん

「毎日することがないでしょう」

「入院していると暇だよね」

「周りの人がおじいさんおばあさんだから大変だね」

 

病院のスタッフ、患者さんにこんなことをいわれておりましたけれど。

 

意外とそんなことはなくって、ありがたいことに同じ病室の方が良い方ばかり。たくさんお話をする機会がありました。意気投合までいけたかはわかりませんが。毎日コーヒーをご馳走して頂いたり。毎朝一緒に6:30からのラジオ体操を一緒にやったり。リハビリの送り迎えをしたり。山梨から静岡へパソコン持ってきてもらってからは、指先は普通に動くので同室のおじいちゃんのイラストを描いてみたり、担当してくれたリハビリの先生などのイラストを描いておりました。

 

静岡の病院で仲良くさせていただいたおじいさんはとっても面白い人。大正12年生まれの94歳。昔の話をたくさん聞かせていただきました。始め同じ病室になったときに世間話をしていて。年齢や出た学校の話をしていたら。

 

「おらの孫と同い年で、同じ学校じゃないか」

 

となんだか不思議な縁があって。そこから一気に打ち解けていきました。

 

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今の静岡市になるまでのお話。今はだれも泳ごうとは思わない地元の巴川ちびまる子ちゃんにでてくる川)にはフナやうなぎやらエビやらなんでも採ることができるきれいな川だったそうで、当然ながら子供の頃にみんなで泳いだりしたそうです。昔は水泳の授業なんてものはなかったから、地元の池で、年上のお兄ちゃんに泳ぎを教わっていたそうです。小学校の時には、電話やベルなんかものはないから通学の際に、友達の家の外から大きな声を出すとか。自分たちの家で作った野菜を手押し車に乗せて、舗装されていない道をがたごとしながら集荷場にもっていたとか。

 

戦争のお話。ご自身は船に乗って樺太のあたりまで護衛船に乗っていったことがあると。その時にはとっても水が貴重だったので。小さいタライ一杯の水で歯を磨いたり。顔や体を拭いて洗っていたと。長いと2ヶ月くらいお風呂に入ることができなかったそうで。港に船をつけた時には。皆で背中をこすり合って垢を取っていたよと。

 

あとは海軍にいたときの体操。「海軍体操」なるものがあって、そのなかの天突き体操というものを教えてもらったり。簡単に言うと。スクワットと腕上げを足したようなもの。

 

指導官 「天突き体操始め!!」

隊 員 「よいしょ〜。よいしょ〜」

 

と皆で大きな声で掛け合いながら。教えていただいたときにおじいさんが声を出すのですが。その声がなんとも大きいこと。声が小さかったり、ちんたらやっていると指導がはいるとか、入らないとか。

 

23歳のときに終戦を迎えたそうですが。そのとき周りの友達と抱き合って泣いたことを覚えているそうです。そのときにおじいさんはこう思ったそうです。

 

「自分は今日生まれ変わったんだ。だから今日から新しい人生の始まりだ」

「だから自分は今94歳だけれど。生まれ変わったから71歳なんだ」

 

 「自分は生き残ることができて。長生きすることができている。だからみんなの分も生きていかなけばならないんだ」

 

このお話を聞いたとき。心打たれるものがありました。

 

 

今回病院に入院してみてまず第一に思ったのは。患者さんのほとんどがご高齢の方だったということ。限られた病棟内のお話ですが、私より年齢が若い方は山梨の病院で二人いたかいないかというところ。静岡のリハビリ病院の回復期の病棟では、入院した当時私の次に若い方が60歳前半の方でした。入院されている方の8、9割が女性の方。またその女性の中の8、9割の方が膝から大腿骨、腰周りの怪我をされてリハビリをしているということでした。なんだか社会の縮図を見ているよう。医療費を含めていろいろな税金が高くなるとかならないとかそんな話を見聞きするけれど。実際に中長期入院してみて実感としてなんだか理由がわかった気がしました。

 

時折、福祉、年金や医療費など。ご高齢の方に対して風当たりが強いニュースや話題が上がることがあるけれど。今の自分たちが平和な日本で生活できていることを思うと、先人の方々にもっともっと感謝をしなければと。

 

 

さてさて。今日はそのおじいさんとランチのお約束があります。数ヶ月同じ病室で過ごしただけだけれど。こうして退院後にも交流をすることができるのはとっても幸せなことです。

 

ちなみに食べにいくのはとんかつさん。おじいさんはお魚が苦手で。入院しているとき。こっそりおじいさんのお魚を私が食べてあげたのは内緒です。