ほどほど絵日記

鍬を置いて、山を降りた人

人をどう生かすか

静岡に戻って、しばらくが経ちました。

 

ありがたいことに前職の会社へ、出戻らせていただくことになりました。2週間ほど経ちましたが、半年も働いていなかったわけですからなかなか体のリズムを整えるのに苦労しましたが、ようやく整ってきたように思えます。

 

今は自宅を6時半くらいには家を出発しています。だいぶ明け方は冷えていて寝床から離れられないですが、窓を開けて冷気を取り入れると、とっても清々しい。車をしばらく走らせていると、徐々に太陽が昇っていく様子がわかります。明るくなっていくと共に、日差しが徐々に運転席に届き始めます。ほんのり暖かい。ちょっと寒いけれど窓をほんのり開けて車を走らせていると、なんとも言えず心地いい。

 

こうなんとも、久々に仕事をしてみると。以前勤めていた感覚とはなんだか違う心持ちなのです。それだけ自分が変化したのか、会社が変わったのかはわかりません。でも変わった割合でいったら、私自身が変化していることのほうが大きいように思えます。

 

しばらく動いていなかった時には、いろいろなことを考えたり悶々と過ごしていたけれど。一度動き出すとそんなことを考えなくなりますね。なんかあれもできる、これもできるって思えてくる。仕事に向き合う面でも、できないことばかり目に向いていたこともあったけれども、少し制限があるだけでできることにフォーカスできるものです。だって、できないことをいつまで考えたって、できないものはできないのだもの。

 

私も社会人になってからは10年以上経っていることもあって、私より年齢の若い社員さんたちがたくさんいます。数年間、人里離れたところでお仕事をしていたからどう接したらいいかと悩むかなぁと思っていたけれど、実際にはそうでもなかったり。私が成長したからだ!って自身を持っていえます!ってこともなく。きっとみんなの人柄いいんです。ありがたいことです。

 

なんだか以外にも役にたっているなぁと感じたのは、畑で聴き続けていたオーディオブックでしょうか。畑に足を踏み入れる前にまずはオーディオを再生するところからスタート。ぶどうばたけの下でずっとオーディオブックを流しながら仕事をしていたのです。なかでも愛聴してたのが孔子論語渋沢栄一などの中国哲学の類であったり、「人を動かす」「7つの習慣」などの原理原則の本だったり。人に接することは少なかったけれど、人に接するための本ばかり繰り返し繰り返し、何十回、何百回と聞いていたことに気がつきました。

 

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仕事的にも、スムーズに皆が仕事ができるようにする役割となっていることもあって、自然とそちらのほうに意識が向いていきます。どうしたら皆が気持ち良く働くことができるのだろうか、楽しく働くことができるだろうかって。特に気になることが、仕事をうまくこなせているのに、自信をもって行動できない方がなんと多いことか。何かしら仕事がうまくいっていないことや、もっとこうしたほうがうまくいくのにという事に気付いているのに、それを進言する事ができないようで、なんとも歯がゆいことといったら。って偉そうにって感じなのですが。

 

こう私はあまり怒ったり、叱ったりすることがなくて。自分の兄弟間とかでしかないのですが、やはり必要な場面ではしっかりと言わなければならない時も出てきそうです。

 

ちなみに、最近読んでいる本あって。それはこちら。

 

 

私はどちらかというと、なんとな〜く性善説よりだったり。ということで。それなら性悪説の本を読んでみようと私には足りない部分があると思うので、ある本を手に取りましたと。韓非子。やっぱり私の視野はまだまだ狭いなぁと。様々面を知るからこそできることの幅が広がりそうです。

 

大好きな鬼平犯科帳長谷川平蔵も言っていたけれど。

 

人間というのは妙な生きものよ。悪いことをしながら善いことをし、善いことをしながら悪事を働く。

 

人というものは、はじめから悪の道を知っているわけではない。何かの拍子で、小さな悪事を起こしてしまい、それを世間の目にふれさせぬため、また、つぎの悪事をする。そして、これを隠そうとして、さらに大きな悪の道へ踏み込んで行くものなのだ 

 

だからこそ、そうならないようにもできるというものか。

 

なんとも、本屋さんで鬼平犯科帳の決定版が出ていて、また手に取りそうになってしまいました。2度あることは、3度ある。また欲しくなる。不思議な魅力があるものです。