ほどほど "農民" 絵日記

なんかいつの間に農民になっている人

扱いづらいやつ

急に夜が肌寒くなってきましたね。毎日扇風機をまわしっぱなし、換気扇をまわしっぱなし。窓は年中開きっぱなし。どうしたら部屋にこもった湿気を追い出せるかと。冷房設備のない私は格闘しているわけですが、どうしたことか。昨夜は寒い寒い。なんだか急に秋めいてしまった感じでした。毎年自分の周囲を見渡してみると夏の終わりの寂しさを感じることが多いのだけれど、めっきり寒さよりも暑さの方がカラダには厳しいようで。ようやく過ごしやすい季節がやってきたなぁとワクワクしております。秋生まれというのもあるのかもしれませんが。

 

 

そうそう私の地域でもようやくぶどうの出荷が始まります。今年はぶどうのお芽めが出るのも遅くて、例年より遅れていた物がそのまま尾を引いてここまで来てしまった感じでスローな感じ。梅雨後はめっきり太陽を拝める日が少なくてやきもきしておりましたが、天気もようやく回復して良い感じにぶどうも熟していくことでしょう。またそう推移していることを祈っております。

 

 

野菜畑には、ようやく秋蒔きを開始。葉物から根菜類を中心にセレクトしているけれど。今回初挑戦なのは大根さん。ロメインレタスさん。特に大根さん。ホームセンターで種のコーナーを眺めていて。うん。これがいいなって手に取ったのが大蔵大根。根の先までどっぷり太っているので煮物にぴったりだなぁと。もちろんうまく育てることができればというところですね。なにやら枝豆の後に植えると肥料いらずで、肌の綺麗な大根が取れるということでそちらへ。枝豆は莢がついたところで実が入らずなくなく抜いてしまったのですが。その分大根さんが育つといいなぁと。

 

 

加えて、野菜畑用にHPを立ち上げているのですけど。なんともHTMLなんて専門学校で少しだけかじったくらいで、なんともコードを書くのって大変よね〜なんて感じで、サイトを作っています。畑のレイアウトとかをイラストに起こしたりしているのですけど。こう実際に図にしてまとめてみると、改めていろいろな野菜を作っているなぁと。どこかで読んだ本にも図にまとめなさいとか言ってたっけ。そうやって時間を気にせず、楽しんで作れている自分がいるので。楽しいことなのでしょう。

 

 

 

さてさて、ぶどうの収穫が始まる前にパートナーと一緒に静岡に出かけて行って。私の妹の相手をしてきました。里帰り出産ということで。実家に妹が帰ってきているのです。姪っ子も一緒に実家にいるとのことだったので。姪っ子共々連れ出して、某市内の大学の公園へと行ってきました。私を仲間はずれにするなと呼んでいない末っ子の妹まで出張ってくる始末で、意図せずして兄姉妹甥姪が集合しているのがなんとも仲の良さを物語っているようです。

 

 

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 木陰は涼しい。

 

ちょうど芝の整備中でメインの広場では遊ぶことができなかったのですが。整備されている公園の木々の日陰のしたで、ご飯を食べたり。やっぱり蝉の抜け殻を探したり、ボール遊びをしたりとのんびりした時間を過ごすことができました。こう昔からある場所で何回も出かけている場所なのですが、子供から、大人になっても訪れることができるというのはやっぱり市民の憩いの場なのですよね。こうした場所があり続けることというのはとっても大事で。昔はあそこの場所で遊んでいたなぁとか、蜂に刺されてぎゃん泣きしていたなぁって。なんだな懐かしい気持ちになるものです。

 

 

いろいろな話をパートナーとしているのだけれど、よく私を見てくれています。特に内面の部分をみて、いつもいろいろなことを指摘してくれます。私が場を繕っていたり、適当なことをしたりしているとすかさず。時には苦いこともあるけれど、こうやって自然体で過ごしているせいか、ようやく自分に気づき始めているんですよね。数年前まではいろいろな本を読んだり、自分はこうなんだ。こうしなくてはならない。そんなことをブログでも書き連ねながら、わかったようなようなそぶりをしていたんですけど。

 

「見つめ直すことができました」

 

とか、もうやたらめったら書いていた気がします。

 

ここでまた「本当の自分」と書いてしまうと、またあっちの方に飛んで行ってしまいそうなので控えますが。昔の自分も、今の自分も、未来の自分も。すべて自分ってことなんですよね。本当の自分なんて探してみて、まったく変なことを行っていたなぁと。その気づき始めているってなんですかって。昔から変わっていないところ。

 

 

変わっていないところというと、怠惰な自分、決めることができない自分、片付けできない自分、肝が小さいところも、格好つけの部分もってなんだかネガティブな感じが出てくるけれど。それが自分なんですよね。とてつもなく弱い感じ。一人では何もできないことも全部わかっているけれど。できる風にしてるのも知っている。

 

 

そんな風だから、周囲のみんなは暖かく見守っていてくれていたんですよね。私に合わせてくれていた。うまくいって自分のおかげでって思ってきたことも。すべてフォローしてくれていたんです。両親も。兄弟も。おじじ、おばばちゃん。そして友人から、関わってくれるすべての人たちが優しかった。

 

 

だから私は色々やってる風できっと何もやっていなくて。動いていなくて。だからきっと私は昔から扱いづらい人間だったんだって。妹も「兄ちゃんは癖があるからなぁ」とか言っていましたしw そんな私の話を聞いてくれる。気を使ってくれる人がいたし、今もいる。本当に幸せなことです。

 

 

どうしたら周囲の人を幸せにできるだろうかと、よく考えます。少しは世の中の人のために恩を返し始めたいですよね。プラプラしている私ももう少ししっかりできるでしょうか。とりあえず明日は、小松菜とチンゲン菜を蒔こう。