ほどほど "農民" 絵日記

なんかいつの間に農民になっている人

さらさらねばねばぱらぱら

四月に入りましたね。先週末は友人の様子をSNS上で眺めていたのですが、都内にお住いの皆様はもれなくお花見にお出かけしていたように見えるくらい。桜やら宴会を楽しまれているようでした。みんな寒いとも書いていたけれど。もう今年も1/4終わっているわけです。桜が散り始めると。早くも「夏」のキーワードが出てきて、秋になって・・・。あ。今年もあっという間でしたねという流れを早くも感じています。

 

f:id:riki-yan:20170403201337j:plain

 

 

本日は四月に入ってからお初の仕事でした。今日は先月ユンボで掘り起こした場所へ、巨峰やピオーネの苗を定植していきました。ぶどうの苗を定植する時には、たっぷりの水やら、人によっては堆肥入れたり、マルチや藁を引いたり、かぶせたり。それぞれに好みのやり方で植えていくのですけど。とにかくスコップや、クワで土を戻すのがなんとも。腕に力が入ります。だからきっと明日は普段使わない筋肉が総動員されているだけあって筋肉痛が出そう。

 

 

さて、苗を植える作業って結局はパターンな仕事なのですけど。穴の中央に苗木を配置、固定をしたあとに土を戻していると面白んですよね。疲れる畑と疲れない畑があるんです。いくつかの畑に定植を行ったのですけど。それぞれ違うんですよ、土が。

 

 

川沿いの畑だと、さらさらしていて、水がすぐに染み込んでいく。手に取ってみるとそれは川砂で軽いんです。そして小石がコロコロって。地面を掘って、1mも行かないところで、すぐに川砂なんです。俗に言う、水はけが恐ろしくいいのですが、栄養もどんぶらこっこって、すぐに流れていってしまうわけで。過去三年分の経験からだけですが、あんまし粒が大きくならないし、色があんましのってこない。

 

 

ちょっとした高い丘の上にある畑。とにかく粘っこい。クワやシャベルで少し掘ると、くっついて離れないのです。少しばかし振り回したり、叩いたりしても土が剥がれない。そして、ちょっと水を含むと、長靴の底にびっしりとついて離れない。かなりの粘土質だったり。そのしつこさにちょっとムッとなるくらいに。土壌のマップでみると、暗赤色土とありました。確か根菜類を作りにはぴったりだったはず。

 

 

山が南向きの傾斜の畑。サラサラでもなく、くっつくわけでもなくといったところで。聞いてみると、火山灰土ということで。とにかく一つ前の畑とは打って変わって程よくほぐれている感じ。ここまで作業性が違うのかと感じるくらいに。山梨だと富士山の影響下にある地域には火山灰土の場所が点在しているようですよ。

 

 

とまあ、3キロ圏内くらいでこれだけの差があるのですから。どこを一つとっても同じ環境の場所はないのだなぁと。同じ作業をしていても。それは動作だけで。接するものがすべて違っていると。なんとも楽しいことですよね。こうして楽しいとか言う前に、その土地の特性を知って、作物の出来栄えを良い方へと向かわせていくのが玄人な感じなのでしょうけど。まだ私は楽しい嬉しいどまりなようで、その分伸びがあるんですよ。きっと。

 

 

普段あんまり農家っぽいことって、ほんとうに ”ほどほど” 程度に書いているだけですけど。たまにはちゃんとやっているのよアピールをしといてもいいですよね。だって農民ですから。

 

 

 

さて、東京から帰ってきた先週末悪天候で仕事もなく。昼間はベランダのハーブ菜園を復活すべく、ホームセンターで培養土やら、種やらを買い出しに行って。そのまま連続して種を蒔きました。いつの間にか畑で野菜を普通に収穫しているのですが、山梨に移住したすぐの頃は、ベランダでハーブから始まり、トマト、イタパセとかに手を出していたんですよね。それも2年前ですから。懐かしや。

 

 

今の所、ハーブ類は、コリアンダー、パセリは購入済み。ミントなどはアブラムシにやられた経験と、利用用途の少なさからお悩み中。クミンに興味を持ったので、調べてみると簡単に種を取り寄せることはできるけれど。25〜30℃が心地そさそうなので。ちょっと難しそうかしら。苗が売っていれば、オレガノか、レモンバーム良さそう。と早足で語ってしまいましたが。遊びでもベランダや軒先で小さく栽培してみるとなかなかよいものですよ。

 

 

今年はジャガイモのを植えた話をしましたが、まずはその畑の周囲を長ネギで囲って・・・ジャガイモの収穫のあとは、サツマイモも植えて・・・。と今までになく手を広げています。パソコンと1日にらめっこしてた私は、はじめはベランダで一つのプランターから。そこから自分が食べる分をと野菜を作り始めて、そこから余分に作って一丁前に人にあげたりしてって進んでる。

 

 

はじめは小さく始めなさい

 

 

とは、よく聞くようになった言葉ですけど。そもそも小さく始めるということすらハードルであって「いつの間にか・・・大きく・・広く・・・。」って、他人に聞かれるまでわからない。考えたことなかった。そんな「始まっていた」ようなことが、余計な義務感やmustな意識から離れられることなのかなと。そんな気がします。

 

 

さて、英語の勉強しないといけないなぁ・・・。

 

 

・・・あっ。