ささブロ

鍬を置いて、山を降りた人

2度目のシーズンオフ

歳を重ねていくと人はこうつぶやきます。「時の流れが早く感じるようになるよ」「あっという間だよ」って。私も少しずつですが、時の流れを早く感じるようになっているのかもしれません。

 

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今週の頭、葡萄の収穫終えてシーズンオフとなりました。畑を埋め尽くしていた葡萄たちの姿は消え、紅葉した葡萄の葉が残るのみとなりました。葡萄棚の下に出れば、冷たい風を感じ、早くも冬の訪れを待っているようです。

 

 

sasariki.hatenablog.com

 

去年の今頃。

 

なんかついこの前の事のように感じます。

 

私にとっては2度目のシーズンオフ。葡萄の栽培については完璧とは言えないまでも、もし1人で葡萄畑を管理する事になればできるのだろうな。と思うまでにはなりました。とりあえずは多少なりとも成長はしているなってことでしょうか。それでも気持ち面は相変わらず変わっていない感覚も持っています。ちょうど良い機会なので、ブログを読み返して見たのですが・・・ん〜あんまし変わっていないかもw

 

 

今月も下旬からは、来年に向けての作業が始まります。今はカラダがおやすみモードに入っておりますが、次の一年。どう農業と向き合っていくか、新たに何をしていくのか、のんびりゆっくり考えていきたいと思います。

 

 

さて、お休みになったので山から降りてきて静岡に帰ってきています。別にあそんだり、用事が特段あるわけでもなく。おばばちゃんのお墓参りだけしようかなって感じで。で、かえって来てから「ああ、そうだ。一つだけ約束していたことがあった」ということで、前に務めていた会社を訪ねてきました。

 

去年の夏にも一度伺ったのですが、その時はタイミングが悪くあまりお話をすることができなかったのですが、今回はお世話になった諸先輩方ともお話をすることができたのでとてもありがたかったです。

 

 

冒頭では葡萄に関わり始めての一年目と二年目の私はあまり変わっていないと書いていましたが、会社勤めをしていた時と今の農民としてで考えてみると、大きく変化があるように思います。別に農民を推奨するわけでもないですが。

 

ぱっと思い浮かぶものを上げてみるとやはりこれですかね。

 

お金に対する執着度

 

なんにせよ、経済的な安定度が違うかなぁと。収入の面だけでみたらどれだけ会社に努めていたほうがどれだけ楽でだろうって。好きなものも買うことができるし、ボロボロになった服も買い換えることができるし、なにより冷暖房があって、水道からお湯がでて、シャワーが付いているところに住むことができるのだろうなぁって。容易に想像したのですけど。当初不自由だと思っていた環境の中でなんとななっているし、なにより私は生きてますからね。生活水準をここまで下げて生活出来ていることは当初想像できたでしょうか。でもいいことばかりでなくて、もっと稼がなくてはいけないというプレッシャーがなくなってしまって、これをどうしようかっていうのが課題だったりします。現状に満足してしまっているのかもしれないし、よく言えば足るを知るってことなんでしょうか。ん〜わかりません。

 

 

何事も新しく物事を始めるときには、不安や怖れにおののいてしまうこともあれば、希望や期待がに胸が膨らむこともあるでしょう。実際に2年前の私もそうでありました。あくまで私の少ない体験から言えることは、全体を通じて捉えてみると、自分の想像していたマイナスの面以上に悪くなることはないし、プラスの面を大幅に上回る事は少ないのかもしれません。その代わりに、想像していなかった出来事や出会いが多く起るのかなと。それは十数年後、自分の生が尽きるときなのかわかりませんが、あの時の出来事は実は必然であったことに気づくかもしれません。新しく動くことで人生にランダム性が働いて、自然とその未来に導かれているようにも思えてなりません。

 

 

 

なんにせよ、社会人になって初めて務めた会社には特別な思いもあり、やめてから2年経った今でもこうやって交流が持てるのはとてもありがたいことだと、とてもうれしく思いましたし。自分という人間を知るにもとてもよい気づきを頂いたように思えます。

 

 

さて、昨日は少しだけ外出しましたが。やっぱり実家に帰ると私は夕飯担当。これから献立を考えて、スーパーに買い出しに行こうかなと。実家でなければ作れない(買えない材料か)料理もあるので。ゆっくり準備をしたいと思います。