ささブロ

鍬を置いて、山を降りた人

“覚悟” は我慢?

まさにドンピシャ。普段は全然信用していないというか、ここぞという時には当たらなかったりするもの。「ときどき」って表現とか、本当に曖昧で。どこまでをときどきというのか。多分ググれば出てくるのでしょうけれど。それにしても参りました。まさにドラマ?アニメ?のような展開で。

 

 

ぽつ、ぽつ、ぽつ・・・・ ピカッ・・・ ザーーーー。

 

ザーです。ザー。雨よけの下で作業をしていたのですが、完全に横殴りの雨でまったく意味がありません。撤収ということで畑から車まで走って向かったですが、もう全身ビシャビシャでとんでもない目にあいました。ああ、天気予報のお話です。

 

 

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この昼間の陽気から一転。

 

 

さて、いつもながら畑で作業をしていると、近所の方や、同じ地区で農業をされている方が話しかけてくることがあります。

 

最近では畑の近くに住んでいるおばあちゃんが良くして頂いて、差し入れをいただくことがあります。別にときどき話しかけられて、うんうんと聞いているだけなのですが。とても好感を持っていただけているようです。私はおばあちゃん子だったので、お相手するのは好きなので特に特別なことをしているとは思っていないのですけど。やっぱりなにか伝わるものがあるのでしょうか?

 

それとは別によくある流れがあるのですが。それは

 

「どこの畑をやっているのかね」

 

畑のある場所の名前というか、住所とかはわからないので

 

「◯◯川の近くです」

 

なんて言ったりするのですけど

 

「◯◯川のかね。あそこの畑はもっと管理をしっかりしないとダメだぞ」

「◯◯の掃除はな□□してな、△△しておけよ」

 

とか私にはよくわからない事を、強い口調で。ガンガン言ってきます。

 

「ごめんなさい。私はこの土地の人間ではないのです」

「雇われなので、わかりません」

 

ってなんども話をしているのですけど。そんなのお構いなしで。しょうがないので全て話しを聞いてから、こちらの話をしよう。としているのですが、全て話し終わって私から話をしようとすると、その話しかけてきた人はこちらの話を聞かずに去って行ってしまいます。

 

 

また、私の師匠のところにも、よく地域の方が話しかけてくるのですが。私のパターンと一緒で。向こうの言い分をずっと話をしてどっかいってしまうパターンがよくあります。だいたい私が外からみてなのですが、だいたいなにかをしてほしいという要望のようなのですが。師匠はよく言います「初めて聞いたし、この前の集まりでもそんなことは言っていなかったけどなぁ」って。

 

その話に対して「◯◯は□□で〜」なんて説明をはじめても「それはそうだけど、やってもらわないと困る。」「決まっていることだから」と、もう頑固そのもの。まあ師匠も他の土地から山梨に来ているのであまり強くは言い返しませんが。いつもこうして眺めているだけでも不条理さが伝わってくるので、なんだかなぁと思うわけです。

 

「地方創生」「地域おこし協力隊」「Iターン」「Uターン」

 

最近、良く聞く言葉ですけど。別に地域を活性化してほしいと思っている住民の方はどれだけいるのだろうと思ってしまう事があります。今は「地方」というのがブームで、日本の様々な土地が、人材を欲しているように思えます。それも熱心にやっているところもあれば、形だけのところもあると。今後は人気のある地域と、人気のない地域に二極化していくのではないかと、個人的には思っています。もちろん東京などは不動の位置なのでしょうけど。

 

私は一応農業ということで、今の地におるわけですけど。地域の住民の方が望んでいないのであれば、別にその地でやろうとは思わないのですよね。周囲からの要望に対しても、ある程度のことは進んで取り組むし、協力しようとは思うけれども。押し付けばかりに思えてくれば、モチベーションも上がらないし。助けたいって気持ちも湧きません(私の場合は)それがもし覚悟の一つの「我慢」ということなのであれば、我慢してまでその地にこだわらなくてもいいと思ってしまってしかたがありません(自分からそこでどうしても住みたい!働きたい!とう人は例にもれますが)

 

郷に入れば郷に従え

 

とも言いますが。

 

習慣・慣習に従うだけになってしまっては、結局今の状況以上には良くならないし。すべてを押し付ける事は、その人の力というか、魅力がなくなってしまうように思えてなりません。逆に力を吸い取られて終わりじゃないかって。

 

 

 

もうひとつ。

 

前にも話をしたことがあるのですけど。新規就農者の話を聞きに行った時や、農政局に説明を聞きに行った時にいろいろとアドバイスを頂くのですが。一つだけ、いつも漠然としない言葉あるのです。

 

「農業でやっていく覚悟はありますか」

 

ん?おかしい。覚悟がない人は農業をやってはいけないのでしょうか。

 

言い回しは他にもありますが「覚悟」というのは、一生それでやっていけという約束をさせることに使っているのでしょうか。移住したらやっぱりその土地に住んでほしいし、貴重な農業従事者になってほしいのですよね。でもそんなの一度やってみなければわからないし、それは「農業体験」だけではわからないのですよね。数年やってみなければ。だからこそ初めの段階での覚悟ができるか」っていわれても、わからんと思います。そこでちょっとばかし「覚悟が足りなかった人」「ちょっとだけ臆病な人」は、そこであきらめてしまうわけです。なんかもったいないですよね。住む場所と食べるものさえあれば(ちょっとのお小遣いもあればもっとね)気軽にチャレンジできると思うのですがね。

 

覚悟とか考えずに、気軽に数年農業に関わっていれば。どこかで「これならやっていけそうだ」「楽しいから続けてみよう。続けたい」って人が出てくると思うし、それがその人の中での「確信」に変われば、周囲からは「覚悟」にも見えるのだろうって。

 

 

いつもながら(完全に上から)偉そうにいろいろと書いてしまいました。もちろん100%の私見です。

 

今ってどんな小さなことでもSNSなどで簡単に広がっていきます。それはいいこと、悪いこともしかり。新しくその土地に来た人を「よそ者」としてみて「ひとりの人間として」見れないような場所には人は集まらないだろうし、いこうとは思わないなあと。

 

 

 

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ちょうど、こちらの本を今読んでいる、というか聴いているためか。

やけに今日は、地域の方とのやりとりを遠巻きに見いただけなのに、いろいろと考え、感じました、というお話でした。