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ほどほど "農民" 絵日記

なんかいつの間に農民になっている人

年の暮れの「あっというま」の時間

昨日は本当に寒かったようですね。まだまだ自分の生活圏へは雪は積もっておりませんが、山の畑へ向う道のりの中で周辺の山々がすべて白くなっておりました。普通に昼間になればぽかぽかした日差しにあたりながら仕事ができるのですけど。それをかき消すくらいのビュービュー風。やっぱり標高が高い畑だと障害物がないし、山間なので風の通り道。顔が冷たさで痛くなってくるので、思わずネックウォーマーを鼻と耳が隠れるまで上げての作業となりました。

 

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日差しはポカポカでも風がつめたい

 

こうして寒さを五感で感じながら仕事をしていると、慣れもあるのでしょうが、寒い寒いと文句を言っているだけではなくて、それがなんか嬉しい事でもあるんですよね。春から移住してきたわけですが、めまぐるしく周囲の景色が変わっていくさまを見ていくと、思わずそう思います。春先にはあんなに深い緑、すぐに草はボーボーに生えてきて、草刈りが後回しになった畑は自分の背丈くらいまで伸びているものまであるくらいですから。それがどうでしょう。いつの間にか色が変わり、つい最近まで朱色や赤が覆い尽くした木々は葉が落ち、背景の空が透けて見え殺風景な灰色の世界というのでしょうか。

 

前の仕事では季節を感じる事なく、パソコンの前に座っての作業。それでもとても良い席だったので、富士山がよく見えたんです。その遠くに見える富士山の様子が唯一の季節の変化を教えてくれる目印でした。同じような事を書いているかもしれませんが、中で働くのと、外で働くということってやっぱり違うよなぁと。

 

そもそも会社に出勤するって感覚ではないし(まあ定刻で畑に向かっておりますが)、季節によって太陽の出ている時間が違うので、働く時間も違いますし。なによりも五感を使って仕事をしている感覚でしょうか。研ぎ澄まされるかというか。体も程よく動かしているので太らないというか痩せますよね(地元の友人には痩せすぎだといわれますが)まあ、時間がたつのも早く感じますしね。

 

時間がといえば、この時期はしきりに皆さんがいう言葉がありますよね。

 

「一年あっという間だった」

「この前、始まったばかりだと思ったよ」

 

って。私も例にもれずよく使います。人それぞれ。物事の始まり、終わりの時期があるとは思うのですが、暦というのは良く出来ているようで12月31日と1月1日にはなにか不思議な区切りがあるのか、気持ちも切り替わるようです。この時期だからこそ、どんなに忙しい人でも一年を振り返る事というか思いを馳せることができるということですよね。年を越してしまうと、あっという間に12月になって、同じ言葉をいうことになります。この時期だからこそ。やっぱり来年の目標とまでは言わずとも、なんとなくこれをやってみようと想像してみるのが良いのかもしれませんね。

 

と、しめたいところですが。1年のそれならまだいいのですが、歳を重ねていくと今度はあっという間に数年経ったといいます。私で言えばあっという間に30歳のに近づいているわけです。男に生まれてきたのが良かったからか、特に焦りとかいう気持ちはないのですけど。思考が逆にシフトしていくのですよね。後生きている時間はどれくらいあるのかって。

 

またそれは、ぶどうを栽培していてもそう。今はちょうど剪定をしているので、一年でどれくらい葡萄の樹が成長するのかも少しづつわかってきました。じゃあ自分が苗を植えたら、畑を借りたら、収穫したら、加工したら何歳くらいでここまで行けるのかなって想像をするのですけど。楽しいだろうなぁと想像する一方。それだけでは幸せだとか、満足している自分を見いだせいというか、もっと他になにか楽しいこと、やれることがあるのじゃないかとも思ってしまいます。

 

だから、あっという間に過ぎてしまったっていう事の意味合いは「今年はここまでしかできなかった」という意味合いに変わってきていて、気持ちの上の焦りはなくても、時間は少ない感覚になってきているのでしょうね。色々な本で著名な方の話の中で「死」を意識することについて述べられていることがあります。普通の人は大きな事故や病気などを経験しない限りすぐには「死」は意識しないし、していたとしても忘れてしまいます。そうなると、やっぱり年を重ねるごとに緩やかに意識がシフトしていくのでしょうか。こうしてブログを書いている時にも「死」へ向かっているわけですからね。そんなことは普段考えないですもんね

 

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山間は三時半で日が遮られます

 

とまあ、寒空の下で剪定をしているときにそんなことを今日は考えていました。もちろん考えるってことは普通のことで深刻ではないのですけど、考え始めるともうとまりませんね。寒さに体が反応してそうさせたのかわかりませんが。年末というのは生きていれば毎年やってきます。その時に過去でも未来でものんびり考えてみるのもいいかもしれません。