ささブロ

鍬を置いて、山を降りた人

誰のためにやっているのか

今朝方の女子フィギュアスケート。様々なドラマが今回も生まれたようですね。私は実際には演技を見れていないので。結果やニュースでしか知らないのですが・・・なにやら視聴率も凄まじかったようで瞬間最高は20%近くまでいったとか、それだけ日本の皆が注目して、また世界の人々も見つめていたのでしょう。  

           f:id:riki-yan:20140221234336j:plain

オリンピックは4年に一度。それだけに特別な大会。その中での競技、演技に至っては尋常でないプレッシャーがあるのではないかと素人ながらにも思う訳です。フィギュアスケートの例に至ってはSP、FPの2段階での合算での勝負になるとの事なので。SPのミスが後半にも響いてきてしまう訳です。浅田真央さんはSPでのジャンプで転倒してしまったと。SPのその後の演技に関しても影響が出てしまった。しかしFPで見事なジャンプ・演技で本人も納得のすべりだったようですね。

 

 

さて急にですが。浅田真央さんのSPが終わった後の心の中はどうなっていたんでしょうか(探るつもりはありませんが)もし自分があの場で同じ境遇に至った場合どうなっていたか・・・正直私はFPまで気持ちを切り替えることはできなかったと思います。(ほんと小心者でチキンなんですわたし)

 

 

プレッシャー、周囲の期待。人生のどこかで感じた事が一度はないでしょうか。

私はといいますと・・・正直いうと過去に周囲の期待から逃げてしまった事の方が多いんです(習い事とか)年齢的には大人になってますけど一度嫌だなぁと思ってしまうと今でも我慢できません。それでも今思えば周囲の人には申し訳ない事をしたと感じます。しかし、逃げ出す(やめる)事は良いと思うんです。自分が嫌だからやめる・・・自分の意志で決断をしている訳です。

 

スポーツでは観客がいるのが常なので、プラスでいえば応援、マイナスでいえばヤジもあり、それはどうにもこうにも自分でコントロールできないもの(もちろん感じ方は人それぞれ。応援の後押しで頑張れる人もいれば、ヤジに負けるか!とそのエネルギーが強い人もいる訳ですが)

 

  • どうしても期待してしまうんです周囲の人は。やってくれるだろうと。
  • 活躍してほしくないんです。他に応援している人がいるから。

 

そういった渦の中にたたされてしまう事も生きていればあるんです。自分の意思に関係なく。色々な人々がいるんです。でも考えてみてください。演技(行動)するのは自分なんですよね。応援してくれているあの人でもない。文句ばっかいっているあの人ではないんです。

 

浅田真央選手がFPを滑り始める前の心境。何を考えていたかは本人にしかわからない事、色々な感情が交差していたと思います。本当に勝手にですが。私が感じたのは「自分の為に滑る」気持ちが一番ウェイトを占めていたのではないかと。応援してくれる人でもなく、代表としてではなく。

 

自分の滑りができれば、自然とそれが周囲のためになっているものです。応援してくれる人たちのためにも、代表としても。

 

皆さんはどの選手が印象に残っているのでしょうか。(どうしてもニュースからは浅田真央選手の詳細が多く、内容が偏重してしまいました申し訳ありません)どの方も何らかの感動(影響)を受け取ったのでしょうか。何かしら受け取った物があるのであれば、その気持ちがさめないうちに何か動けるといいですね。