ほどほど "農民" 絵日記

なんかいつの間に農民になっている人

まずは目の前の人から

今月前半には目まぐるしく動いてたイベントも無事終わり。山に戻ってきてからは、のんびりと畑の冬支度をしています。今年は何やら三年前?四年前?の大雪を想起させるような気候の流れがあるらしく。「ちゃんと準備はしておけよ〜」っていわれ。早めにスタッドレスに履き替えようかなぁととか思ったり。とりあえず寒くなってくると省エネ系のカラダには厳しく。万度のことながら戦々恐々としております。

 

さて今日は珍しく我が家にお客さんがいらっしゃいまして。というかお仕事というか、頼まれごとといいますか。やっぱり実際にお話をして、イメージを固めたり、方向性を共有してから筆を走らせたほうがいいなぁという話をしていたら「じゃあ行くよ」ってことになって。朝からおうちに寄って頂きまして、ああやら、こうやらと。イメージのすり合わせをしておりました。

 

そして、数時間打ち合わせをしたあとには。せっかくなのでワイナリーを回りましょうよ。なんて話になって。甲州市のぶどうの丘にいったり。そこからワイナリーを回りましょうかって話が進みまして。そうしたら1件目のワイナリーさんで、お飲み友達がちょうどカウンターに立っていたので、お願いしてたくさん試飲させていただいて(私はハンドルキーパー、ありゃりゃ〜と満足感が出てきてしまいまして。もう2軒くらい回るつもりだったのですが。

 

 

それなら、帰りに食材を買いに行ってもう家飲みにしちゃいますか!ってなって。バゲットと甘めの米粉パンをチョイスして、お昼から日が暮れるまで、何かを作っては飲んで、作って、飲んでのスタイルで。ベランダの窓を開け開いて午後のポカポカの日差しを背中に受けながらゆったりと過ごしておりました。やっぱり私はしつこいので、いろいろな診断めいたことをしたり、最近の地域の話とか好き放題だべりながら。

 

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 ダイヤモンド酒造さんのベイリーA

 

そういえば、なにやら地域活性化ってワードがなにやら力を失ってきているような話題が出まして、空き家だとか、ゲストハウスとか本を絡めたイベントとか。そんな話題がのぼったり。一部ではブームが終わったとかいってる人もいるみたいけど。多分そう言っている人の大変はブームだからという理由でなにかしら関わったり、みている人であって。どこかで「ブームは終わった」みたいなものをネットというかSNSとかで見つけてきて、「俺もそう思ったんだよ」なんて話をして。それをみただけでいっている人がほとんどだと思うんだよなぁとか私は思ったり。(というか私も趣味の領域でよくあるので)逆に、ある程度皆に許容され始めている証拠で、ゲストハウスは十分と言えるかわかりませんが、市民権を得ているのかもしれないね〜なんて。

 

 

 

 

まあ、こんな話をしているのもお酒が回るまでのお話で。あとはたわいのないことをだべっていたのですが。なんとも心地よい時間でして。お客さんを持てなすってやはり楽しいなぁと。エネルギーがわくなぁと感じたわけです。

 

「このワインはねぇ」から始まり。

「サラダは◯◯ワインに合うとおもうよ」

「苦味と苦味とか、柑橘系の香りが〜」

 

なんて知ったかしている話を聞いてもらって、作ったものを美味しい美味しいと食べてもらってって。とっても嬉しい嬉しい。9割以上は自己満足の領域なのですけど。それがまたいいんですよね。これもやはり聞き手のおかげなんですよね(うるさくてごめんなさい。)

 

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 偉そうに畑の仕立て方まで(ルミエールさんの垣根)

 

こうして、個人個人の人が自分のできることでも、得意なことでも、得意だと自分で思っていることでも。なんでもいいので、目の前の人に対して喜んでもらうことをするだけでも、良い循環が生まれると思うのですよね。そこに生じる良い循環ってとっても小さいのかもしれないし。別になにか大きなことをしなくてはいけないとか、皆を巻き込まなければいけないとか考えてしまいがちだけれど。身近な人を楽しませる、幸せにする人でありたいなぁと。

 

 

それが今度は大きな循環にもなるし。よく「◯◯の問題を解決するにはどうしたらいいか」とか「◯◯のいいとこ探しをしよう」とか見かけますけど。結局それって「今が悪い」ところから、マイナスからスタートしているように見えてしまってなりません。そうではなくて「今も満ち足りている」「もっと楽しくするには」って。それだけで向かう場所は変わるはずですし、始まりの場所がマイナス以外のところからスタートできそうな。

 

みんなが身近な人に対してちょっと何かをしてあげるだけで(させていただく)とっても良い芽が生まれるとおもうのですが。

 

 

ますます自分の内面へと、意識が向かってしまっている私はそう思いました。

(お酒がまた残っているからからかも)

 

 

しばらく、畑の往復、実家の往復をしていた私にはとっても充実したお休みでした。やはり人にあってお話をしているのが一番楽しいし、エネルギーをいただけますね。内面に向き合っているだけでは、広がりもなさそうですから(これは得意なんです私)そろそろ体を動かして、人に会いなさいよ〜ということのなのかもしれませんね。

 

 

 

さて、本日の明け方。日差しが出た頃に畑にいくと。良い感じで芽が出揃っていました。昨年は蒔く時期が遅く。今年も前に蒔いたものが長雨でやられてしまい3度目の正直。いい感じで年明けには収穫できそうです。

 

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食べ物の恨み

山から降りてきています。今週の中頃に身内のお祝い事があるということで、ありがたいことに今週はお休みをいただくことができました。早めに地元へと向かうことができたので、最終の打ち合わせやら、動画の仕上げやらでてんやわんやと動いていた私も。今日でようやく目処がついて。あとは当日を待つばかりとなりました。

 

 

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君は当日はお留守番なのよ。ごめんなさいね。

 

 

そうそう。地元へ向かう時にいつも通っている山梨と静岡を結ぶ、国道52号線をのんびり、のんびり下っていた時に久々に出くわしたんです。お猿さん。身延を通過するかしないかの山あいの道のガードレールに数匹。年に1、2度目撃することがありますが、こんな場所にもお猿さんが降りてきているのだなぁと思いつつ。今年の山には食べ物が少ないのだろうか・・・と、思いを巡らしなながらその後は運転しておりました。

 

 

それというのも。農作物を生産している人には身近な問題の「獣害」というワード。最近ではTVの特集が組まれることも増えてきているそうですが。私も実際にぶどう栽培に関わっている中で、山に面している畑では、シカ?ハクビシン?による食害が毎年のようにあります。ぶどうは収穫前に袋がけをするのですが。その袋を破って綺麗にぶどうの粒だけが食べられていて。軸だけが残っているようなこともしばしば。ぶどうは熟してくると、甘い芳香を放つので、動物さんたちにはわかるのでしょうね。私も腹ペコさんだったら多分同じことをしているかもですし。

 

 

 

サルカニ合戦。覚えていますか。一度は聞いたり見たりしたことがある童話昔話。かにさんのおにぎりをずる賢いお猿さんにお口に騙されておにぎりを柿の種と交換することからはじまり。そこから種を植えて水をやっては

 

「早く芽を出せ柿の種。出さぬとハサミでちょんぎるぞ。」

 

って。半分脅しのような言葉を浴びせ続けると芽が出てきて。さらに歌うとどんどん成長して、木になり実をつけると。

 

そうしたらかにさんは木に登れなくて、困っていたところに、ちょうど見計らったようにお猿さんがでてきて「とってあげるよ」って。そうしたら自分は熟した実を食べて、かにさんたちには青い実を投げつける暴挙に出て、その後、かにの子供達と栗、蜂、牛の糞、臼に懲らしめられるという。「因果応報」のお話。

 

なんとも食べ物の恨みは恐ろしいとはまさにこのことですよね。

 

 

 

nihon.syoukoukai.com

 

 

 

当事者だとよくわかります。芽が出る前から肥料をやって、剪定からはじまり。一房一房手をかけて。いざ収穫となったところで美味しいところだけ動物に食べられてしまうわけですから。俗に言う「手間暇かけたものを・・・」と落胆とともに怒りすら湧いてきます。生活もかかっているわけですから。

 

 

近くに人の気がない場所だと。当たり前のように動物が現れます。そして畑には、電柵、ネット、ワイヤーなどで農作物を守っている光景が当たり前になってきています。その光景をみれば、ああ◯◯から農作物を守っているのだなぁと、だいたいわかります。私の地域では実際に食害などにあってしまった例を聞いてみますと。クマ、シカ、サル、イノシシ、ハクビシン・・・。私の知らないだけで他にも多く被害があるのかもしれませんが。

 

 

実際に農林水産省が出している統計もあったりして。

 

農林水産省/全国の野生鳥獣による農作物被害状況について(平成25年度)

 

http://www.maff.go.jp/j/seisan/tyozyu/higai/h_zyokyo2/h25/pdf/150123_c.pdf

おっ。

アライグマ?マングース?も統計に入っているんだと初めて知りましたが。

 

 

野菜類に並んで、果樹。相当な被害がでています。

 

ぶどうは果樹なので、果樹の部分をみてみると(被害額)

 

上から・・・

 

イノシシ   114,079 

カラス    94,655

サル     44,846

シカ     39,897

ムクドリ   23,066

ハクビシン  22,378

      (万円)

 

イノシシさんすごいですね。時々畑から家に帰る時に親子ずれが県道を普通にダッシュして横断している姿を何度か見かけたことがあります。葡萄では日本では棚栽培がほとんどなので、イノシシの害は少ないとは思いますが・・・。

 

http://www.maff.go.jp/j/seisan/tyozyu/higai/h_zyokyo2/h25/pdf/150123_e.pdf

 

被害の推移をみると、年々減少傾向ではあるようです。もしかすると、何かしらの対策を人間がとったかもしれないし、動物達の生息域での変動がよい傾向なのかもと想像いたしますが。

 

こうした現状を目の当たりにした時に。あなたはどう思いますか?

 

動物を駆除しなければならないと思う人もいるかもしれないし。

いやいやそんなのは人間のエゴだよ。人間の都合で動物を駆除するなんてけしからんという人もいるか。

 

いい悪いということはないのですが。

 

 

 

私は駆除しないと・・・ってならなければいけない?側なのかもしれませんが。普段お家では自然のドキュメンタリーを好んで流していて。なかなかそうは思えないのです。

 

bbcearthjapan.jp

 

 

最近見た中では、地球温暖化によって北極の氷が溶けてしまい。シロクマが災難になっているとの話をみました。シロクマは雪の上にのって、アザラシなどを狩るそうです。しかし近年では夏に近づくとシロクマを支えるほどの氷はないので、自由に動けないと。なので、この時期に狩るはずのアザラシを追うことができないって。そうして最近のシロクマは氷の上を歩けないので、泳ぐしかなく。泳ぐことが上手くなったと。しかし食べ物はなかなかみつからない。仕方なく陸に集団でいる危険なセイウチの群れに目をつけて、セイウチの子供を狙うのですが、返り討ちにあってしまい。歩くこともままならず・・・。そのシロクマは年を越すことができないだろうと。

 

 

果たしてこれは誰のせいなのでしょうか。

 

 

このシロクマさんには氷が溶けてしまって大変だ、困ったと感じているかもしれませんが。温暖化のこと理解できません。もし原因が人間のせいだったと(仮定)しても。それをしるすべはありません。訴えることができません。知らないということは人のせいにはできないし、そんなことを言っている時間はありません。その時その時の環境に順応するしかないのです。

 

 

結局、権利を主張しているのは人間だけ。主張をできるのは人間だけ。だから◯◯のせいにできるのは人間だけで。それはそれで、なんとも恵まれてるとも思ってしまったのです。なんだかんだ、厳しい、大変とか多く場所で耳にしますけど。少なくとも日本に住んでいるのであれば、大半の人は選択したことは実行できるし、選択をしないという選択を今できている現状をみているだけでも恵まれているなぁと。

 

 

いつもどおり、いったりきたりのよくわからないことを書いておりますが。動物たちと共生していくという言葉がとっても人間視点だなぁと感じてしまういます。当の私も動物たちからみたら「お前も人間だろ」っていわるのでしょうけど。

 

 

秋に植えた蕪は、若芽を虫に食べられてしまい難しそう。でももうそこには食べていった虫の姿はありません。まだ間に合うと聞いて、もう一度植え直しました。悲しんでいても、怒っても蕪は生えてきませんから。

良きなかの悪の芽

今シーズンのぶどうの収穫が終わり、しばらくゆったり過ごしていましたが。先週から来シーズンに向けて、ゆっくりと動き出しました。年内には棚のメンテナンス、 藁巻き、肥料撒きやらと。雪が降る前にやっておきたい。というか、寒い時期にはちと辛い作業を順番にこなしていきます。昼夜の気温差もだいぶでてきているのであっという間に秋が終わり、冬を迎えてしまうのだろうなぁと・・・。なんともガリガリ君な私には厳しい季節がまたやってきます。冬は嫌いじゃないよ。

 

そんな中、先週末は北杜市までお出かけ。秋の紅葉を楽しむために・・・と言いたいところですが。今回は前述の作業につかう「藁」を引き取りにいきました。毎年この時期になると、師匠の知人に頼んで手配をしていただくそうですが。今年は例年の倍の量をたのんであるということで、トラック2台を空にして、一緒に出向くことになりました。

 

 

出向いた先は小淵沢駅周辺の集落で、南アルプスが目の前に。後ろを振り向けば八ヶ岳。というようななんとも素晴らしい景観の場所で。見渡す限り延々と田んぼが広がっていました。田んぼはすでに稲の刈り取りを終え、水は抜かれ、脱穀が済んだ後。その脱穀を終えたあとの藁が、等間隔に田んぼに並んでいます。その藁をトラックに積む込むのがメインの作業です。

 

 

トラックを田んぼへ乗り入れていざスタート。藁を5、6束を拾い集めては、両手いっぱいに抱えながらトラックへ行ったり来たり。その作業がえんえんと2時間近く続きました。いつもぶどう畑で作業しているので全然大丈夫だよって、元気良く運んでいたのですが。まあ疲れる疲れる。やはりつかう体の部分が違うので、作業中も体が重く。お家に帰るとなんとも全身が筋肉痛でした。特に腰。負担が大きいようです。

 

 

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田んぼに足を踏み入れたのは小学校以来・・・か。

 

そんななって疲労感はあるとはいっても、少しばかし暑く感じる日差しに吹く抜けていく気持ちのよい風。汗をかいているのですが、それもすぐに引いていく感じでなんともよい日和でした。ああ、こういところで、お米と野菜を過ごしながらのんびり生活していくのもいいなぁと、なんともステレオタイプな私はそう思い。ふとこう話しかけました。

 

 

「とてもいいところに住んでいますね〜」

 

って。そうすると。

 

「今の時期はいいのだけれどね。これから寒くなってくるでしょう。そうすると、山から北風が吹き下ろしてきて、冷たい風の吹き溜まりになって厳しいものだよ」

 

「ああ・・・、そうなんですね」

 

 

と。いい部分しか見えていなかった私ですが、そういわれるどれだけ寒いのだろうか、やっぱり雪も結構積もるのかなぁと・・・想像が膨らんでしまって、興味が尽きることがありませんでした。私の地元では雪なんかめったに降らないというか、数十年に一度くらいしか降らないというか、そもそも風花が舞うだけでピーピーギャーギャー騒いじゃう感じなので。つい数年前に私が山梨にきた時でも、冬のことを想像しては戦々恐々といていたのがつい最近のことですから。そう考えると、やはり静岡は温暖で過ごしやすい地域だなぁと今更ながらに。

 

 

 さて、今日は1日お家にこもって作業をしておりました。妹夫妻から依頼されていた印刷物はすべて手配が終わり、ずっと編集しては、再生してと繰り返し直していたムービーも形になってパッケージング。ようやく一息つくことができました。前にムービーを製作している時も全然やったことなくて、手探り状態で本屋さんにいったり、ネットで調べたりと。本当に私にできるのかしら?ってところからスタートしているのですが、もう数えていくと5回くらい編集とかしていて慣れたものになっています。いつになったら自分のやつを作るのだろうかとか思うけれど。きっとそれまでにもう何回か他のをやるのだろうと想像してしまっているので。そうなりそうです。

 

 

 

sasariki.hatenablog.com

 

 

 

 

こうして作業ばかりしているので、先日友人に「頼まれごとをするのはいいけどさ〜」とチクリといわれてしまいました。(ごめんなさい)しかし、こうして何かしら人の役に立てていることはやっぱり嬉しいことですし。何かを頼まれるということは、その能力が自分のなかにあるんだと思うんです。もしその時にその能力がなくても、その依頼を通じてできるようになるかもしれませんし。それが他のことへの誘い水になるやもしれません。いまここ。

 

 

ということで、片手にペンとマウスを持ち替えながらデスクに向かっていたのですが。たっぷりと時間があるので、先日入手した新しいオーディオブックをお耳のお供にしながら作業をしようと思い立ち、朝からずっと聞き流していました。

 

 

 

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菜根譚

 

 

なんどか聞いたことのあったりなかったり。もしやすると誰かが勧めてくれていたかもしれないなぁと。初めは日本の経営者の方々がやれ「論語算盤」だって。やれ「渋沢栄一さん」だって。そうお話ししているのを聞いて興味を持ち始め。孔子論語を繰り返しずっと聞くようになって、そこから中国古典に親しむようになってくると、その中国古典の成り立ちがわかってくる。中国三千年の歴史って、よくわからないキラーフレーズに慣れてしまった私には。中国の中で独自に発展して行ったのだとばかり思っていたけれど、その時々の王朝、時代によって仏教が流行ってきたり、禅が幅を占めるときもあったりといろいろな学問や宗教の影響が入ってきて、いろいろな考えを取り入れていったと、新たな発見があります。

 

 

 

聞き流しているなか「おっ」これはという箇所があったので少しだけ。

 

 

 

悪をなして人に知られんことを畏るるは、

悪中にもなお善路有り。

善をなして人に知られんことを急ぐは、

善処もすなわちこれ悪根なり。

 

「善行のなかに悪の芽」


かりに悪事をはたらいても、人に知られることを恐れているなら、まだ見所がある。


せっかく善行を積んでも、早く人に知られたいと願うようでは、すでに悪の芽を宿している。

 

*1

 

 

ちょうど今の自分の境遇と重なっているような感じがして。ブログでも知られるように?書いているようにみえますし。何度か聞き直してしまいました。

 

せっかく善行を積んでも、早く人に知られたいと願うようでは、すでに悪の芽を宿している。

 

この一文にはなにか気づかされるものがありました。初めからそう期待しているのでは、初めから偽善になってしまうとも。

 

「自分は良いことした」

 

と率直に感じる事柄であればあるほどに、密かにそれが人に伝わって自分の印象に帰ってこないかなぁと。やっぱり思っているなぁって。ようは

 

「いいことをするのはよく思われたいから」

 

その感情を弱めようとしても、心のどこかにいつも残っています。だからといっていい悪いの話ではないですが。

 

しかし私は昔から自分がやったこと、結果や実績についてはあまり話をしません。それは恥ずかしいから、前職のパッケージデザインをしている時も「◯◯君が作ったやつ見せてよ〜」と友人にいわれてもひけらかして見せることができませんでしたし。多分別の理由で、自己肯定感のなさなどからきているものだなぁと今は振り返ることができます。

 

少し話が逸れました。

 

 

なんだか最近の事件やらスキャンダルやらに「正しそうな」意見を書き始めてしまうと。悪の芽はもう育っているんでしょうか。何かしら周囲が認めてくれたことを、さらに表に出すようにするのもそうなのだろうか。いろいろ浮かんでは消えていきますが、そんな肝の小さな私には悪の芽が育つような栄養が乏しそうなので、大丈夫にも思えてきました。

 

 

悪の芽が育っていないか。これを自分に問いかけることはものすごく重く鋭い質問ではありますが、自らを戒めるにはとても効果がありそうです。

 

 

悪の芽。

 

あなたの心には宿っていませんか?

*1:

 

[決定版]菜根譚

[決定版]菜根譚

 

 

うにうに、うねうね。

ん〜やっぱ朝は冷えるようになったなぁと。寝床でうにうにしていると。

 

 

カチャッ。ガチャッ。

 

 

と、なにやら外から小気味よく音が聞こえてきます。おっと。今日は清掃の日だった。急いで寝巻きをそこらへ脱ぎ捨てて。まずはくつした・・くつしたと。そうして作業ズボンとウインドブレーカーをはおって玄関の戸を開けます。やいやい。メガネ、メガネ。かけ忘れたメガネをかけて、ノブを掴むと。おっと。ぐんて、軍手。ぼうし、帽子と。全然準備しきれない。そうしてひとりあたふたしきったあとに、ようやく外の空気をゆっくりと吸い込む。ひんやりと冷たい。そこへ温もりのある日差しを感じてなんとも心地よい。

 

 

わたしが住んでいる市営の集合住宅では、冬以外は月に一度の清掃があります。そう。清掃という名の草取り。棒の先端に半円の刃がついている道具で草の生えた地面を掻いていくんです。カチャッ、カチャッっと、あちらこちらで。始まると皆黙々と作業をしていきます。刈り払い機を使って一気にやればいいのにって、なんとも不効率なことをやるものだと初めは思っていたわたしも。こうやって皆で外で作業することで。顔合わせから安否の確認。それにちょっとばかしでも体を動かすことになるので、ちょうどいいのかもしれないなと思うようになりました。というかここには別に効率とかいらないよねって。

 

 

そうして、いつものように清掃を終えたあとは、そのまま自分の野菜畑へと向かいました。昨日、事前に準備をしておいたマルチ(黒いビニールシートにぽこぽこ穴が開いているやつ)を張りに。もうすぐ玉ねぎとにんにくを植える時期です。マルチを綺麗にピタッと張るには、まずは幅にあった畝を立て、周囲に土をかぶせなければなりません。初めはクワで大まかに土を寄せていって、そのあとにまっすぐ平行になるように棒をおいていって。手持ちのシャベルで掘ったり、叩いて均したりと。しゃがみながらチマチマと畝を整えていきます。そうして満足出来る形になったら、たてたばかりの畝の上にマルチを覆いかぶせて。まずは角から。そうして左右。上下と。これまたシャベルで整えていきます。なかなか野菜の師匠には「畝を立てるのは難しいよ」って言われているとおり。何度やってもうまくいかないなぁ、時間がかかるなぁと、思いながらも。まあ、前よりはうまくできるっぽい。

 

 

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去年よりはいいはず。

 

 

土地をもっと集約してとか、IT、IoTをもっと導入してとか、企業が参入して、効率をもっと上げなければと。話題に上がることが多いですけど。半分以上の人は他人事のようにいってるようにも見えるし。理由は何かしらあるにせよ。つまるところ、結局そうならないのって、コストとか環境とかいろいろ言われていますけど。面白く、楽しくないからなんだろうなぁと思ったりします。おじいちゃん、おばあちゃんたちの畑にいる時のイキイキ感といったら。

 

 

その一方で、自分は楽しみでやっているのでいいのですが、最近では悪天候続きで野菜の価格が高止まりしているとの話をちらちらと聞くことがあります。台風の被害と合わせて報道やニュースが載った時には、野菜が高くなるのは困るとか、旬を味わうことができないやら。表面だけで受け取ってしまうと、なんとも自分都合なことしか言ってないなぁと感じることがあります。

 

 

たまたまわたしは農に関わりを持つことができたので、少ないながら農業って大変だなって、作る人側から思えるようになっているのですが。人の手がかかっているとはいえ、そういったリスクがあるのが自然物だし。人の手を介してもどうしようもない時はどうしようもないんですよね。そういったものを含めて「まあしょうがないよね」って。またそう思える心持ちになれるかどうかが普段の心の余裕になるのかなぁって。

 

 

そんなことを言いながら、秋に巻いたほうれん草と、ビーツは日照不足で育ちがが悪かったり、そもそも芽が出なくて数回蒔き直したりしているので。いやぁ〜どうしたもんかなぁと。その気持ちをどこかに向かわせたいながらも、まあ太陽に文句言ってもしょうがないもんね。といったりきたりの繰り返しなのですが。

 

 

こうした時に、周囲や、他の人へと向かうのではなくて。自分の普段の何気ない生活をふりかえって。あたりまえって続かないよなぁと。もっと感謝をしなければ。そういえばあの出来事は・・・。そう他の事柄を違う面から見る、考える。思えるチャンスを授けてもらっているのかもしれないな、とわたしの頭はうまくできてます。

 

 

そうやって。頭の中で考えながら。ひとりにやにや満足をしながら、おうちへの帰路につきました。

 

 

しかも。家について時計を見ると。まだ9時半になってない。ひとりなんだか得した気分だと。なんとも幸せな気分でどうしよう。

 

 

どうしましょうか。わたし。

 

 

収穫が終わってからは、幾分にもこんな風なので。まあゆったりと、のんびりなんです。正直言ってすーぱー効率の悪いことをやっているのですけど。別にいいんですよね。だって効率をもとめているわけではないから。こうして効率の悪いことは一見無駄なことのように見えて、必要なことだったりするかも?なんて。

 

 

 

 

そうそう。まったく関係なけれど。spotifyめっちゃいいですね。ビジネスモデルとか、システムとか、無料とか有料とかの話はどっか他を探してもらえば色々と載っていると思うのでそっちを見てもらうとして。とりあえずコードが届いたのでお試しで使ってみたら。これがなんとも。フリーだと、曲はシャッフルのみ、時々広告が流れるって感じなんですが。わたしは広告はあんまし気になりませんでした。

 

わたしは音楽を普段からよく聞いています。わたしの好みって70s~90sくらいのR&Bを筆頭に、SOUL、FUNKとブラックミュージックな感じがぴたんこなんですが。シャッフルってとってもいい感じ。ちょうど自分の好きな曲が流れたり、知らない曲だけどなんかとってもいい感じって出会いもあるし。しばらくお家で作業をしているのですが全然飽きませんね。プレイリストもとっても洗練されていて。聞いていて違和感がありません。ユーザー数がマンモス級なので。ここは、さすがなぁと。わたしはずっと同じ曲ばかり聴いていると飽きてしまうので、とってもいいなぁと。

 

日本の市場に悪影響を与えるとか、与えないとかでなかなかサービスをスタートできなかったそうですが。ユーザーには新しい音楽とともにアーティストさんを知ることができるので、広がりはありそうな気がするけれど。

 

これはこれで。他人事になってしまうやも。ですね。

こだわってくれてありがとう

今シーズンのぶどうの収穫が終わりました。春からせわしなく過ごしていたシーズンもこれでおしまい。「あっという間に過ぎそうです」ってそのまま言葉通りでした。少し休んだから来シーズンの作業に変わります。とりあえず、税金類をまとめて先払いしたり、携帯電話をSIMフリーへと変えたり、2年ぶりにお出かけ用の靴を買い換えたり、実家に戻ってお墓まいりして、兄弟の依頼物をまとめて仕上げたりと。まあやりたかったけどやっていなかったことを片っ端から。

 

 

今日は久々に甲府まで出て行きました。目的は図書館で本を読むため。徒歩1、2分の最寄駅から電車に乗って。こんなときでないと電車に乗らない私のSuicaは今日もお財布のよくわからないポケットに入ってる。出発間際になって慌てて確認をしてほっとするのもつかの間、チャージしたのはいつだったかと記憶を辿ります。そうして結局はいつもと同じように思い出せないまま、とりあえず簡易改札を通っては「おお!思ったより残高があるじゃん」ってね。

 

 

 

電車に乗るときはだいたい平日だからか、乗客はいつもまばら。車両の中を見渡すとリュックを背負ったご高齢の方、スーツをきたサラリーマン風の人。多分大学生だろうなって人などがぽつりぽつりと。そんな観察をしている私も他の人からはどんな風に見えているのだろうと気になりつつも、視線を下げた先にあるスマートフォンの方が気になるわよねとも。

 

 

 

甲府駅に着いたら北口へ。図書館に向かうと見せかけて。まずは素通り。その前に近くにあるコーヒースタンドで一杯のラテを飲むのが楽しみなんです。平日の午前中にお店の外で何も考えないでぽーっとしながら。目の前は大学に向かう若者がひとり、またひとりと通り過ぎていく。少し前までは私も若者のつもりでいたけれど。学生がとっても若く見えて仕方がないなぁと思いを巡らしていると、いつのまにラテはなくなって底が見えてる。そろそろ向かおうかな。

 

 

 

 

正直言って私の生活は畑とお家の往復の行動範囲と、私の好みのフィルターを一枚噛ませたネットの世界だけ。それでは世の中の動向を知ることができないのです。そしてなによりも井の中の蛙?世間知らず?よくわかりませんが、そんな状態です。山梨にすんでからテレビを置いていないし、その前から通算すると6年以上はテレビが身近にありません。ですので悪あがき程度に、経済やらデザインやら関心のある雑誌を10誌くらい斜め読みして。そのあとはふと目に止まったものをまたパラパラとこれまた10誌くらい。そんなことしてたら3時間くらいあっと今に過ぎてました。

 

 

図書館のあとのことは特に目的もないので。ちょっと一駅分歩いてみようかなってふと思い立ち。甲府駅酒折駅間をあるいてみることにしました。ちょうどお味噌も切れたところだったのでちょうどいいな〜と。別にこだわっているわけではないのだけれど。二年前から五味醤油さんのお味噌を愛用しているんです。毎回面白いイベントをやっていたり、東京でもよくワークショップやら登壇したりとメディアでも取り上げられることが多いので知っている方が多いと思いますが。いつも車で訪ねるのですが、初めて歩いて行ってみました。近くも遠くもないのですが、だいたい20分ちょい。あっという間ですね。

 

 

直営店の暖簾をくぐると。もう買うものは決まっているので。ささっと目的のお味噌を前に行って手にとります。私がいつも買っているのは甲州やまごみそ」「米こうじみそ」それぞれ1kgずつ。私は使う材料や料理によって使い分けたり、気分に合わせて「今日はどっちのお味噌を使おうかなぁ」って選ぶのも小さな楽しみだったりします。

とはいえ、炒め物には「やまごみそ」の方がコクがあっておいしいかなぁ。お豆腐とネギのシンプルなお味噌汁には「米こうじ」の方が好きだなぁ。いやいや、煮込むんだったら「やまごみそ」だよと。結局どっちもおいしいんですけどね。Instagram にちょくちょく手料理をアップするのですがお味噌系。多いかも。

 

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だし入りのお味噌とか食べれなくなるよ。あれは味噌じゃない

 

いつもは車で行くので気になりませんでしたが、数キロ歩くにはけっこうずっしり2kgですね。なんかいつもよりも重く感じました。

 

yamagomiso.com

 

↑ お味噌好きなあなたも、そうじゃない方もお味噌の面白いお話 ↑

 

 

 

いつもの通り会計をお願いすると。初めてこんなことを言われました。

 

「お味噌にこだわってくれてありがとうございます」

 

私はきょとんとしてしまって。

 

「いえいえ」

 

と言いながら、支払いを済ませると。

 

「サービスでもなんでもないですが」

 

と、金額の端数をおまけしてくれました。

 

「すみません。ありがとうございます」

 

っと私。

 

「お味噌にこだわってくれてありがとうございます」

 

またそう言われた私は

 

「そんなそんな」って控えめに店舗をあとにしました。

 

 

kotobank.jp

 

 

こだわっているもなにも、毎日食べているし・・・ん〜なんか違和感。一番特にこだわっているつもりはなかったのですけど。確かにわざわざお味噌屋さんにいって毎回2kgお味噌を買っている成年男子をみたら変に見えるのかしら?一丁前に行きつけのお店感をだして人に「このお味噌おいしいよ」って人にも紹介しているのが一番大きいかも。すみません。

 

 

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噂のKANENTE

 

五味醤油さんから酒折駅までだいたい30分くらい。ずっしりお味噌が入った袋を握りしめながら色々と考えていました。

 

 

お味噌汁。私の定番なのですが。お味噌の消費量って年々減少の一途をたどっていると。ニュースなどで見かけて久しいのですがどれくらい減っているのかなんか興味が湧いてきたんで。ちょっとばかし調べてみると

 

全国味噌工業協同組合連合会さんが発表しているものがありました。

 

今は便利な世の中ですね。

 

都道府県庁所在市別、1人当たりのみそ購入数量(g)

全国平均

平成12年 2,502 g

平成22年 2,098 g

 *1

 

減少の一途というのも分かる気がしました。しかしその前に。おいおい。お味噌ってそんなもんしか食べないのかね?って。なんですね。

 

トップは長野県で3.6kgくらいのようです。

 

年間約2kgですって。思った以上に少なく感じました。だって私なんか1月で1kg以上消費しているものですから。もしかしてちょっと特殊なんですかね。ほぼ毎日のお味噌汁に、味噌炒めとか麻婆系のご飯とか。夏とかきゅうりを毎日かじっていたのでもっと消費してたかもしれないですから。

 

 

素人ながら理由を考えてみれば。

 

食の欧米化

って今は多様化っていうんでしょうか?いつの話だよっていうね

 

減塩志向の高まり

なんかスーパー行くと多いですものね。減塩。塩分◯◯%カットとか。お味噌って大豆・塩に対して米・麦などの麹を加える。ってことでお塩多そうですよね。まあ減塩商品ってほとんどがグルタミン酸ナトリウム(いわゆる旨味調味料)が多いイメージがあるのでそれはそれで気になる人は買わないのでしょうけど。

 

そもそも料理をしなくなった

多分うまいとか下手とかは別にして、私は料理を作る方だと自覚しているのですが。あんまし料理しないんですよねみんな。そもそもお味噌汁ってあんまし作らないのかしら?わからないけれど。むかし友人がグツグツ煮え立った熱湯にお味噌をそのまま溶いて野菜を放り込んで、じっくり煮込んでいるのを見て、「お出汁は・・・」「おあ!野菜が溶けておる・・・」と、閉口したことを思い出しました。

 

お米を食べなくなった=お味噌を食べない

なんかお米食べる時ってお味噌汁がつきそうイメージです。

 

 

なんて最後は適当な感じですけど。お味噌の健康パワーとかが特集されているのを雑誌やTVで見かけるたびに「お味噌」ってもう日常ではないんだなと感じざるを得ないのでした。

 

 

新しく買った靴はいい感じに足にフィットしていい感じ。やっぱり靴を新調すると、はきたい、歩きたい、見せたいって。お出かけしたくなるから不思議ですね。オシャレは足元からとは言いますが、靴を定期的に買い換えるだけでみんな外へと出るんじゃないかなって思うくらいに。ここにもこだわり。ありそうです。

丁寧にかきなさい

いよいよ葡萄の収穫も終わりが見えてきました。あっという間に怒涛の9月はいつの間にか過ぎていて、この時期にはいつも以上に聞いているはずのEW&FのSeptember*1

を肝心の9月に聴くのを忘れていたのを今思い出しました(実際は9月の曲ではないのだけれど)

 

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朝はもやもや。

 

明日は出荷場の都合でお休みになるので。のんびりといいたいところですが。ありがたいことに頼まれごとがあるので、一日そちらに取り組むことになりそうです。

 

 

 

最近はその他にも頼まれごとが増えてきまして。自分の無理のない範囲で依頼を受けさせていただいています。今は妹の結婚式の準備でてんやわんやですが。不思議なもので昼間は畑に出て、夜に少しだけデスクに向かって書いたり、パソコン触ってしているのがちょうどいい感じで。昼間は頭のなかでひらめきがあって。お家に帰って来たら頭から取り出して形にしてみる。いい感じのループに入っています。

 

 

 

と、順風満帆のようにかいておりますが。実際のところは畑から帰ってくると。家事、炊事、洗濯を終えると睡魔がいい感じにやってきて。なんども挑んでいるのですが勝てた試しがありません。九時前後には眠気のピークがくるので、使い物にならなくなります。なので。できることが限られてくるので。「今日はこれだけはやろう!」という思考が働いて。それが達成できたら万々歳。それが数行の文字を打ち込むことであっても、少しだけラフ、落書きをした。そんなことだったとしても。できた事にしてしまいます。

 

 

そうなるとどうでしょうか。はじめはちょっとしか進まないのですけど。余裕が生まれてくるんです。「もうちょっと進められそうだ」って。そうしたときにはそのまま継続してやることにします。そうすると。おお〜今日は結構進んだぞってなるんです。これを慣れと読んでいいのかわかりませんが。

 

 

結局これって、自分に嫌な体験をさせないってことだと思うのです。そんな自分を甘やかしてどうするっていわれそうだし、そんなにうまくいくわけ無いだろうって聞こえてきそうですが。

 

無理をする ≠ 嫌なことをする

 

これは同義語ではないと思うのです。また。

 

大変 ≠ 辛い

 

にも見ることができるかなぁとも。

 

そうそう。そういえば、むかし小学校のときの書き方(習字)の授業での先生と同級生のやりとりを思い出しました。

 

同 : 先生〜、赤で直されても、俺は字が下手だからうまく書けません。

 

先 : うまく書けなくてもいいから「丁寧」に書いてきなさい。

 

同 : そういわれてもきれいに書けません。

 

先 : きれいじゃなくて「丁寧」に書けばいいんです。

    字がうまく書けなくてもね。丁寧に書いているかどうかはわかりますよ。

 

 

うまい・きれい ≠ 丁寧

 

 

これってすごく的を得ている話だと、今更ながら思うわけです。書いている人がどれだけ真剣なのか。心を込めて書いているか。表面上をつくろうだけ・真似することだけでは伝わらない何かがあるんだよと。勝手に深読みをしています。

 

 

この例がどれだけ前につながっているかはわかりませんけど。何事も自分に有利に働くようにしてしまえばいいんじゃないかって話。どんなことでもちょっとだけ見る角度でも、捉え方でも言い方はなんでもいいので。自分に都合よく解釈してみる。そうすると気持ちも楽だし。なによりも余裕がうまれてくると思いました。

 

 

 

 

 

今更ですが、前職は一応デザイナーの肩書をもって働いていたので。なんとなくデザインができたりします(現職の方には怒られそうなレベルかもですが)

 

 

数年前にデザイナーとして雇って頂いていて、それでスキルが身についた上に、生活をさせて頂いていたのでなんともありがたいことだと。ようやく感じるようになった私なのですが。当時はまだまだ若く浅はかな考えばかりで、全然わかりませんでした。しまいには「やらされ感」をもって仕事をしていた部分が0ではなかったなぁと。そんなんだから、クライアントさんの意向を汲み取れていないし、汲み取ろうとすることも少なかったなぁと。謝る事柄しか出てこない。

 

 

その「やらされ感」っていうのがとても厄介なやつでして当時はよく苦しめられました。「そんなのできないよ」って思考が生まれてくるんです。これって一種の反発だと私は思っていて。これが続いていくと本当はできるはずの事柄なのにできないように錯覚しちゃう。難易度も高くしちゃう。言い換えるとするならば「できない理由をたくさんみつけちゃう」ってことに。そうして良い結果、望んだ結果が得られなかったときに「ほら。やっぱりできなかった」と自分を納得させるようになると。

 

 

そんな悪循環だったのですけど。そこから離れてみて。とりあえずできる範囲でデザインとかやったりすると。いつの間にか身についているものに気づいてきて、ああ。あれもできるね。これもできるね。嬉しいね。って意外と俺はできるかもしれないぞ!ってなるんです。

 

 

まあ、ぶどう栽培も始めのころは半分くらい。実際にやってみて。無理だったら地元に逃げ帰ろうって思っていて。「俺はチャレンジしてみたけどだめだったんだ!」という実績を作って逃げ帰ろうとばかり思っていたのに。いつの間にか3シーズン目になっているわけですから。面白いですよね。

 

 

 

できることを無理せずに始める。

 

 

言い古されているかもだけれど。効用は思う以上に大きなうねりとチカラを運んできそうです。

 

 

さて。私も時間がもうすぐできそうなので。その前に次は何をしようかって。横になりつつ、ニヤニヤしながら想像したいとおもいます。 

 

 

ミチルとケツボウ

天候不順です。台風です。曇り空です。まったく太陽はどこへ行ってしまったのだというくらいに、すっきりしないお天気が続いておりますね。相変わらずぶどうの収穫が続いておりますが、朝早くから畑に行っては、カッパを着ながら濡れながら作業をする日々。収穫が終わるころには全身がびしょびしょになっているわけですが、まあ寒い寒い。私たちの地域はもう収穫が峠を越えるか越えないかというところ。これからぶどうの収穫を迎える地域にはちょっと日照不足が心配なところかもしれません。

 

 

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 雨だと、余計に疲れるってさ。

 

 

また、野菜畑について連日の雨続きで数日様子を見にいけていません。

ずっと晴れている時には

 

「雨降れば水やりの手間がなくなるのになぁ」

 

と思うのですが、ずっと雨が続いてしまうと今度は

 

「種撒いたばかりなのに、根腐れしないだろうか、実が割れないだろうか」

 

って今度は太陽を待つようになる。

 

 

 

ちょっと前には渇水の話題を目にしていたら、今度は水害の話題が一面を賑わせているのも似たような部分を感じます。満たされすぎれば、どこかで欠乏がでてくるといいますか。結局は偏り過ぎるとなんだか心配になってくる。そんなものなのかもしれません。

 

 

最近は朝早く起きて畑にいって、暗くなったらお家に帰って早く寝る。そんな生活が続いていますが。面白いもので最近は色々なことを無駄に考えがちになるんです。

 

俗に言う

 

「毎日が同じことの繰り返しで・・・」

 

って状態になっているんです。ある意味これも偏りなんだと解釈していますが。

 

 

ちょうどそんなタイミングで、最近妹の結婚式の準備とかを手伝っているんです。兄弟なのをいいことにこき使われていて、そうして色々な印刷物やら映像やらを組んでいく中で、当然昔の写真などを見るのですが、その中に私の小さいころの写真も所々に写っていて「おうおう格好つけて写っているわ〜」「目つき悪いなぁ、とげとげしているなぁ」と幼き自分を目にしては。一人で感慨深くなっています。

 

 

その影響があるのかないのかわかりませんが、よく夢を見るんですよ。それもなんか昔の回想が入り混じっているような。特に印象に残っているのは(といってもちと曖昧なところもありますが)、小さい頃から今の大人になるまでのストーリーが勝手に進んで行く夢(もろにプロフィールムービー作ってる影響なんだと)最後は今の年齢まで行くんです。そうして、周囲には友人やら知人やらがいて、その友人たちの成長ぶりや、活躍を目にしている自分は、友人と自分とを比べていて。「俺はいままで何をやってきたんだろう」って。なんだか後悔しているのかなんなのか、元気がないのです。そこからなんか変な渦に巻き込まれていって「うわぁ〜」ってなったところで、目が覚める。と。

 

 

起きたら忙しなく動いているので考える暇はないのですが、ぶどうの収穫が終わったあとに、屋内で出荷の準備をしているときに、そういえば面白い夢だったなぁ、いい具合に今の潜在意識と顕在意識が混ざったような・・・と、なんとなく夢をまた回想し始めるわけです。そうしているうちにその日が終わって、お家に帰ると。そうしたらまた夢を見て・・・。

 

 

あっ。これすらも

 

「同じことの繰り返しで・・・」

 

ってなってる。

 

・・・。

 

 

こんなことを毎日やっていると、ある言葉がでてくるのです。

 

 

人生は選べる

 

 

やっぱり人生って自分で選択をしているんだよなぁと、つくづく。今農業に携わっているのも結局自分の口から出した言葉から始まっているようにも。

 

専門学校の同級生にあうと、「ずっと農業をやるっていっていたもんね〜」って普通に言われますし。

 

私は工業高校出身なのですが、入試面接のとき「モノづくりに興味があって」とかいってましたけど。モノってその時は機械とかを指しているように見えて、農産物だったのかもとか・・・。

 

その前は小学校の時にうさぎやニワトリの面倒はあまり見なかったけど、さつま芋とか真剣に水やりやっていたかもとか・・・。

 

ああ、幼稚園の時時に文集に「くだものやさんになりたい」って書いていたわぁ・・・。

 

 

やばいぞ。自分で言った事をもれなくやっているようにも見える。俺はすごいやつかもしれない。と、思い出補正全開、ポジティブまっしぐらなんですが。なんだかちょうど「自分を思い出す」という機会を妹が授けてくれたようにも見えてきました。

 

 

 

好きな著者さんの和田裕美さんが陽転思考の中でおっしゃっていること。

 

事実はひとつ 考え方はふたつ

 

 

過去を振り返ることをネガティブに捉えるような方もいらっしゃいますが、自分を思い出す。ということにおいては、新しい発見、いやもともと持っていたモノを見つけることができるかもしれませんよ。

 

 

ということで、皆さんもどんどん夢をみましょう。

 

と他人事のようで申し訳ないですが・・・。

 

 

私は今日もいい夢?見れそうです。いや見そうだわ。

 

おやすみなさい。